9月28日、自由劇場で、アントン・チェーホフ作「三人姉妹」を見た(翻訳・上演台本:広田敦郎、演出:大河内直子)。
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田舎での単調な日々の中で知性と教養を持て余す三人姉妹の夢は、いつの日か生まれ故郷のモスクワに行くことだったが・・・。
<1幕>
幕が開くと、かなり奥行きのある舞台。
長方形のテーブルに優美な椅子がたくさん並び、これから食事が始まるらしい。
あちこちに置かれた花瓶に、白を基調とした花々が活けられていて美しい(美術:石原敬)。
5月。今日は三女イリーナ(平体まひろ)の名の日のお祝い。
彼女だけが白いドレス姿。
長女オーリガ(保坂知寿)は教師の仕事で疲れている。
次女マーシャ(霧矢大夢)には教師の夫(伊達暁)がいるが、彼女の心は、今では彼から離れている。
両親はすでに亡く、家には当地に駐在する軍隊の将校たちが盛んに出入りしている。
この三人姉妹にはアンドレイ(大石継太)という兄弟がおり、彼にはナターシャ(笠松はる)という恋人がいる。
ナターシャも招かれたらしく食事会にやって来るが、おどおどしていて自信なさそう。
陸軍中佐ヴェルシーニン(鍛冶直人)には妻と二人の娘がいるが、妻は自殺未遂を繰り返して彼を困らせているという。
<2幕>
ナターシャはアンドレイと結婚して、早くも一児の母となっている。
すっかり変身し、態度物腰がまるで別人のように堂々としている。
義理の姉妹たちが育ちがよくておとなしいのをいいことに、相当厚かましく振る舞う。
夫アンドレイは気が弱く、妻に何も言えない。
<3幕>
幕が開くと、奥行きがぐっと狭くなっている。
椅子、長椅子、洋服ダンスなどの家具が所狭しと置いてある。
近所で火事があり、たくさんの人たちが屋敷に避難して来ている。
真夜中。オーリガは着るものや毛布などをありったけ人々に提供する。
80歳になるかつての乳母・アンフィ―サ(羽子田洋子)をめぐる、ナターシャとオーリガの会話。
ヴェルシーニンとマーシャ、そして彼女の夫。
イリーナと男爵、そしてもう一人の男。
この二組の三角関係が進行する・・・。
庭。白樺などの高い木々。
アンドレイが乳母車を押して歩いている。これは2人目の子供だ。
彼は妻の不倫に気づいている。
「僕はナターシャを愛している。・・・僕はどうして結婚したんだろう・・・そもそもどうして彼女を好きになったんだろう・・・」
軍隊はこの町を離れることになり、将校たちはここの家族と別れを惜しむ。・・・幕
2幕で、マーシャが「アモー、アマース、アマット・・・」とラテン語の動詞「愛する」の活用を口にして、教養のあるところを見せる場面。
ここは翻訳が難しい箇所で、「愛する、愛さない、愛します・・」などとやることが多いが、今回は、そのまま「アモー、アマース・・・」と
やっていた。
下手に日本語に移すより、結局それが一番いいかも知れない。
びっくりしたのは、マーシャが2人の姉妹に自分の密かな恋のことを打ち明ける場面。
最後に彼女は「後は沈黙」と言ったのだ!
だってこれはハムレットの最期のセリフ(the rest is silence )じゃないですか!
うちにある「三人姉妹」は神西清訳で、「・・・黙って・・・黙って・・・」と訳されている。
英語版もあるが、そこでは " silence・・・silence!・・・" と訳されている(Elisaveta Fen 訳)。
だから、これはコンスタンス・ガーネットによる英語版のままなのか、あるいは広田敦郎氏によるちょっとした遊びなのか・・。
だがいずれにせよ、ハムレットの場合とここの場面とは、状況が全然違うと思う。
ハムレットの場合、自分はもう死ぬから口がきけない、という意味。
マーシャの場合、「私の秘密の恋のことは、二人共、誰にも言わないでね!」という意味。
だから今回の訳は、面白くはあるが、ちょっと場違いかなと思う。
三女イリーナは、トゥーゼンバッハ男爵(近藤頌利)に求婚され、悩んだ末に彼と結婚する道を選ぶが、
彼は彼女が自分を愛していないことに気づいており、苦しむ。
彼女は24歳。
これまで人を好きになったことがないと言う。
彼女は今で言う、いわゆる「アロマンティック」なのだろう。
仕事一筋で校長になったが、日々の勤めで疲れ果て、結婚していたら・・と思うこともある長女オーリガ。
夫がありながら妻子ある男性と恋仲になるが、その彼と別離を余儀なくされて嘆き悲しむ次女マーシャ。
恋愛に憧れながらも恋愛気質でなく、結局オーリガと同じように教職に就いて一人生きていくことになりそうなイリーナ。
三人三様の悲しみと苦しみが描かれ、胸に迫る。
彼女たちがずっと熱望していたモスクワ行きは、この先も、ついに実現しそうにない。
イリーナ「やがて時が来れば、どうしてこんなことがあるのか、何のためにこんな苦しみがあるのか、みんなわかるのよ。・・・」
オーリガ「・・・もう少ししたら、何のために私たちが生きているのか、何のために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。
・・・それがわかったら、それがわかったらね!」(神西清訳)
今回、主役の三人とナターシャ役の笠松はるが素晴らしい。
ナターシャ役は、ともするとヒステリックになりがちだが、この人はそんなこともなく、自然だった。
育ちが悪いため、三姉妹と比べると品のない役だが、柔らかな口調が心地よい。
配役を見た時から期待していた通り、今まで見た中で最高によかった。
演出もよかったし、原作に忠実な舞台装置も嬉しい。
ただ客席に傾斜があまりないため、前の席の人が邪魔で舞台がよく見えなくて困った。
それと、後ろを向いてセリフを言われると、よく聞こえないことがあった。
長女オーリガ役の保坂知寿は、2012年12月に「地獄のオルフェウス」で見たことあり。
次女マーシャ役の霧矢大夢は、昨年3月に、三島由紀夫作「薔薇と海賊」で見たことあり(演出は今回と同じ大河内直子)。
三女イリーナ役の平体まひろは、今年の夏、「夏の夜の夢」で初めて見て、名前を覚えようと思った人。
このように、いずれも演技は折り紙つき、しかも三人とも美形で声もいいときている。
これで期待しない方がおかしいでしょう。
大満足の一夜でした。
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田舎での単調な日々の中で知性と教養を持て余す三人姉妹の夢は、いつの日か生まれ故郷のモスクワに行くことだったが・・・。
<1幕>
幕が開くと、かなり奥行きのある舞台。
長方形のテーブルに優美な椅子がたくさん並び、これから食事が始まるらしい。
あちこちに置かれた花瓶に、白を基調とした花々が活けられていて美しい(美術:石原敬)。
5月。今日は三女イリーナ(平体まひろ)の名の日のお祝い。
彼女だけが白いドレス姿。
長女オーリガ(保坂知寿)は教師の仕事で疲れている。
次女マーシャ(霧矢大夢)には教師の夫(伊達暁)がいるが、彼女の心は、今では彼から離れている。
両親はすでに亡く、家には当地に駐在する軍隊の将校たちが盛んに出入りしている。
この三人姉妹にはアンドレイ(大石継太)という兄弟がおり、彼にはナターシャ(笠松はる)という恋人がいる。
ナターシャも招かれたらしく食事会にやって来るが、おどおどしていて自信なさそう。
陸軍中佐ヴェルシーニン(鍛冶直人)には妻と二人の娘がいるが、妻は自殺未遂を繰り返して彼を困らせているという。
<2幕>
ナターシャはアンドレイと結婚して、早くも一児の母となっている。
すっかり変身し、態度物腰がまるで別人のように堂々としている。
義理の姉妹たちが育ちがよくておとなしいのをいいことに、相当厚かましく振る舞う。
夫アンドレイは気が弱く、妻に何も言えない。
<3幕>
幕が開くと、奥行きがぐっと狭くなっている。
椅子、長椅子、洋服ダンスなどの家具が所狭しと置いてある。
近所で火事があり、たくさんの人たちが屋敷に避難して来ている。
真夜中。オーリガは着るものや毛布などをありったけ人々に提供する。
80歳になるかつての乳母・アンフィ―サ(羽子田洋子)をめぐる、ナターシャとオーリガの会話。
ヴェルシーニンとマーシャ、そして彼女の夫。
イリーナと男爵、そしてもう一人の男。
この二組の三角関係が進行する・・・。
庭。白樺などの高い木々。
アンドレイが乳母車を押して歩いている。これは2人目の子供だ。
彼は妻の不倫に気づいている。
「僕はナターシャを愛している。・・・僕はどうして結婚したんだろう・・・そもそもどうして彼女を好きになったんだろう・・・」
軍隊はこの町を離れることになり、将校たちはここの家族と別れを惜しむ。・・・幕
2幕で、マーシャが「アモー、アマース、アマット・・・」とラテン語の動詞「愛する」の活用を口にして、教養のあるところを見せる場面。
ここは翻訳が難しい箇所で、「愛する、愛さない、愛します・・」などとやることが多いが、今回は、そのまま「アモー、アマース・・・」と
やっていた。
下手に日本語に移すより、結局それが一番いいかも知れない。
びっくりしたのは、マーシャが2人の姉妹に自分の密かな恋のことを打ち明ける場面。
最後に彼女は「後は沈黙」と言ったのだ!
だってこれはハムレットの最期のセリフ(the rest is silence )じゃないですか!
うちにある「三人姉妹」は神西清訳で、「・・・黙って・・・黙って・・・」と訳されている。
英語版もあるが、そこでは " silence・・・silence!・・・" と訳されている(Elisaveta Fen 訳)。
だから、これはコンスタンス・ガーネットによる英語版のままなのか、あるいは広田敦郎氏によるちょっとした遊びなのか・・。
だがいずれにせよ、ハムレットの場合とここの場面とは、状況が全然違うと思う。
ハムレットの場合、自分はもう死ぬから口がきけない、という意味。
マーシャの場合、「私の秘密の恋のことは、二人共、誰にも言わないでね!」という意味。
だから今回の訳は、面白くはあるが、ちょっと場違いかなと思う。
三女イリーナは、トゥーゼンバッハ男爵(近藤頌利)に求婚され、悩んだ末に彼と結婚する道を選ぶが、
彼は彼女が自分を愛していないことに気づいており、苦しむ。
彼女は24歳。
これまで人を好きになったことがないと言う。
彼女は今で言う、いわゆる「アロマンティック」なのだろう。
仕事一筋で校長になったが、日々の勤めで疲れ果て、結婚していたら・・と思うこともある長女オーリガ。
夫がありながら妻子ある男性と恋仲になるが、その彼と別離を余儀なくされて嘆き悲しむ次女マーシャ。
恋愛に憧れながらも恋愛気質でなく、結局オーリガと同じように教職に就いて一人生きていくことになりそうなイリーナ。
三人三様の悲しみと苦しみが描かれ、胸に迫る。
彼女たちがずっと熱望していたモスクワ行きは、この先も、ついに実現しそうにない。
イリーナ「やがて時が来れば、どうしてこんなことがあるのか、何のためにこんな苦しみがあるのか、みんなわかるのよ。・・・」
オーリガ「・・・もう少ししたら、何のために私たちが生きているのか、何のために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。
・・・それがわかったら、それがわかったらね!」(神西清訳)
今回、主役の三人とナターシャ役の笠松はるが素晴らしい。
ナターシャ役は、ともするとヒステリックになりがちだが、この人はそんなこともなく、自然だった。
育ちが悪いため、三姉妹と比べると品のない役だが、柔らかな口調が心地よい。
配役を見た時から期待していた通り、今まで見た中で最高によかった。
演出もよかったし、原作に忠実な舞台装置も嬉しい。
ただ客席に傾斜があまりないため、前の席の人が邪魔で舞台がよく見えなくて困った。
それと、後ろを向いてセリフを言われると、よく聞こえないことがあった。
長女オーリガ役の保坂知寿は、2012年12月に「地獄のオルフェウス」で見たことあり。
次女マーシャ役の霧矢大夢は、昨年3月に、三島由紀夫作「薔薇と海賊」で見たことあり(演出は今回と同じ大河内直子)。
三女イリーナ役の平体まひろは、今年の夏、「夏の夜の夢」で初めて見て、名前を覚えようと思った人。
このように、いずれも演技は折り紙つき、しかも三人とも美形で声もいいときている。
これで期待しない方がおかしいでしょう。
大満足の一夜でした。
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