ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

M.パニッチ作「ご臨終」

2015-01-12 11:23:04 | 芝居
11月14日新国立劇場小劇場で、モーリス・パニッチ作「ご臨終」をみた(演出:ノゾエ征爾、翻訳:吉原豊司)。

作者はカナダの劇作家で、この作品は1995年初演の由。

一人暮らしの叔母から、何十年も音信不通だった甥のもとに「年齢(とし)だ、もうじき死ぬ」との手紙が届く。甥は取るものも取り敢えず、
銀行の仕事を辞めて大急ぎで駆けつけ、積極的に世話をし始めるが、叔母は打ち解けない様子で、ベッドで編み物をし続ける。
老婆の部屋で繰り広げられる1年以上にわたる二人の奇妙な共同生活。やがて新年を迎えた二人にある変化が…。

360度客席に囲まれた舞台。

観客はまず、元銀行員であるこの男の異様なセリフの数々に驚かされる。彼は、寝たきりの叔母の前で彼女の葬儀、臓器提供、遺言書等々の
話ばかりする。料理や洗濯などの世話をするが、一方で、まだかまだかとせかし、早く死んでほしいと思っていることを隠さない。

一方、叔母の方はかたくなに沈黙を守る。寝たきりだから動きもない。変化と言えば、目を開けるか閉じるか位だ。後半ほんの数語だけセリフ
があるが、こういう役は俳優にとって辛いだろう。

ちんば、びっこ、気違い等々の非PC語続出で、ドキドキさせられる。翻訳家は完全に開き直っている。

彼の不幸な生い立ちが次第に明らかになってくる。父母はいたが、彼は親の愛を知らない。この年になるまで誰にも愛されたことがなかった…。

季節は春から夏、秋、冬へと移ってゆく。彼は叔母が手っ取り早く死にたくなった時のためにと、装置を作ってクリスマスプレゼントにする。
枕元に据え付けたそれは、電気ショック用と、頭に一撃を与える用と、2つのレバーがあったが…。
女性が編み続けている赤い毛糸の編み物がだんだん長くなってくる。町はクリスマスを迎える。

ある時、彼女に背中をそっと触られると彼はびっくりして飛び退いて言う「ああ、親愛の情ってやつね。略して愛情。でも僕、お返しの
仕方を知らないんだ…。現ナマでどう?」
こうして二人はぎこちないながらも少しずつ距離を縮めてゆくが、しまいに驚くべきどんでん返しが待っている。

すべて芝居には謎解きの側面があり、それが次第に明かされてゆくところに快感がある。この芝居などまさにそれだ。そして観客は、登場
人物の内面的な大変化を目の当たりにする。
人と人との関係。(今では口にしにくくなってしまったが)絆。希望。それらがあればこそ人間らしく生きていけるということを、この
作品はしみじみと教えてくれる。ツッコミどころがない訳ではないが。

演出がいい。
音楽もいい。
翻訳もいい。彼の決定的な問いに対する彼女の返事「うん」には参った。座布団3枚だ。

老婆役の江波杏子は「天守物語」が印象的だったが、今回がらりと変わって、この難役を引き受け、忘れがたい印象を残した。途中、少し
元気になった彼女がピンクの帽子をかぶり、ピンクの服を着て外出しようとするシーンがあるが、その時の彼女の美しさはたとえようもない。
甥役の温水洋一はまさに適役。このキャスティングを思いついた段階で、この公演は半ば成功したようなものだ。

「異色の辛口コメディ」とチラシにある通り、不思議な味わいのユニークな作品だ。


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