なぜか自分の人生を振り返ってみようと思ってしまいました。
今年50歳になった私
そろそろ人生の晩年を迎え、今日の自分があるのは
周囲の方々のお陰であるとつくづく思っています。
この50年間の中で、周囲の人にお世話にならなかった日はたったの一日もありませんでした。
自分の記憶には無い生れた瞬間の事
そして、物心がつくまでの頃のこと
ひょっとしたらその期間が一番周囲の方々にお世話になっていたのかもしれませんが
今思い出せるのは、甘えん坊で周囲に迷惑ばかりかけ
自己中心に遊びまわっていた小学生低学年のころからの事でしょうか・・・。
この世に私を生んでくれてここまで大きく(肥大?)してくれた両親や家族の事も含め
感謝の気持ちでいっぱいです。
どんなに感謝をしているつもりでも恥ずかしさからなかなか面と向かって言えなかったり
言うタイミングを逃したが故に瞬間に私の頭から露と消えてしまって言えなかったり・・・。
少しずつ自分の人生を振り返りながら
もう一度自分は自分の力で大きくなったのではないという事を自覚し
受けた恩恵を少しでも周囲の方にお返しして行きたいと思います。
という訳で今回は家族構成から・・・。
私が生まれたのは石川県の能登半島の中央
当時能登地方で唯一海に面していなかった柳田村に生を受けました。
1960年7月、祖父、祖母、父、母、姉、兄2名、そして私という総勢8名の大家族の中に生まれました。
そういえば、過去に聞いた事があるのかもしれませんが
私が生まれた頃の家庭内の事は無頓着なまま今日に至っているように思います。
どんな状況だったかは両親が健在な今のうちに聞いておく必要がありそうです。
ただ、何歳の頃の記憶かは分かりませんが
馬がいたり、牛がいたりした事を覚えていますし
何羽いたかの記憶は定かではありませんが鶏がいて
産んだばかりの卵を取りに行くのが怖かった事を覚えています。
そういえばトイレは昔ながらの汲み取り式で
地面に大きな穴を掘り
そこに肥えだめである大きな桶(直径二メートルほど?)をはめ込み
桶の端と端に板を二枚渡しただけの簡素(危険?)なものだったように思います。
今とは違い、夜8時以降に起きているなどという事は許されず
その日最後のトイレに行くのが怖かった記憶があります。
(だからおネショがいつまでも止まらなかったのかもしれません。)
記憶を手繰るという事は難しいものですね。
起こっていた事項と時間軸にズレがある為か
何歳の頃のことだったかは定かではありませんが
色々な事が走馬灯のように思い浮かんできます。
これからも自分史を思い立った時に綴りたいと思います。
今年50歳になった私
そろそろ人生の晩年を迎え、今日の自分があるのは
周囲の方々のお陰であるとつくづく思っています。
この50年間の中で、周囲の人にお世話にならなかった日はたったの一日もありませんでした。
自分の記憶には無い生れた瞬間の事
そして、物心がつくまでの頃のこと
ひょっとしたらその期間が一番周囲の方々にお世話になっていたのかもしれませんが
今思い出せるのは、甘えん坊で周囲に迷惑ばかりかけ
自己中心に遊びまわっていた小学生低学年のころからの事でしょうか・・・。
この世に私を生んでくれてここまで大きく(肥大?)してくれた両親や家族の事も含め
感謝の気持ちでいっぱいです。
どんなに感謝をしているつもりでも恥ずかしさからなかなか面と向かって言えなかったり
言うタイミングを逃したが故に瞬間に私の頭から露と消えてしまって言えなかったり・・・。
少しずつ自分の人生を振り返りながら
もう一度自分は自分の力で大きくなったのではないという事を自覚し
受けた恩恵を少しでも周囲の方にお返しして行きたいと思います。
という訳で今回は家族構成から・・・。
私が生まれたのは石川県の能登半島の中央
当時能登地方で唯一海に面していなかった柳田村に生を受けました。
1960年7月、祖父、祖母、父、母、姉、兄2名、そして私という総勢8名の大家族の中に生まれました。
そういえば、過去に聞いた事があるのかもしれませんが
私が生まれた頃の家庭内の事は無頓着なまま今日に至っているように思います。
どんな状況だったかは両親が健在な今のうちに聞いておく必要がありそうです。
ただ、何歳の頃の記憶かは分かりませんが
馬がいたり、牛がいたりした事を覚えていますし
何羽いたかの記憶は定かではありませんが鶏がいて
産んだばかりの卵を取りに行くのが怖かった事を覚えています。
そういえばトイレは昔ながらの汲み取り式で
地面に大きな穴を掘り
そこに肥えだめである大きな桶(直径二メートルほど?)をはめ込み
桶の端と端に板を二枚渡しただけの簡素(危険?)なものだったように思います。
今とは違い、夜8時以降に起きているなどという事は許されず
その日最後のトイレに行くのが怖かった記憶があります。
(だからおネショがいつまでも止まらなかったのかもしれません。)
記憶を手繰るという事は難しいものですね。
起こっていた事項と時間軸にズレがある為か
何歳の頃のことだったかは定かではありませんが
色々な事が走馬灯のように思い浮かんできます。
これからも自分史を思い立った時に綴りたいと思います。