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アメ村 ロージー0330 ライブ


ブルーズの粒ほらあっちこっちに

3月30日(金)

今夜はライブ。
アメ村ロージーさんへと向かう。
めずらしく電車はガラガラで
すんなりと座れた、
乗り換え電車も
ガラガラだったのでおどろいた。

道頓堀を通って
アメ村へ行ったのだけれど、
みなさん、外国のみなさん、
並んでいる店を
間違っているんじゃないか、
そこは、イマイチだぞ、
せっかくの旅行なのに、
そこで食べる?
並んでいる人たちを見て
思わずつぶやいてしまった。
情報は、確かでないぞ!

さて、ライブです。
40分ステージを楽しませてもらった。

Seijiさん


二度目の共演。
ルックスに似合わず骨太な声、
ハイポジションのフレーズを
かんたんに弾いてしまう。
うまいなぁ。

雑文堂


やや緊張。
大阪三部作で
バンドをやっていた頃を思い出す。
時間は加速度を増しているなぁ。


亀井岳彦さん 


プロフェッショナルだ。
亀井さんにしかつくれない世界。
ボーカルもギター、すばらしい。
聴き入ってしまった。
新しいCDも買ったので、
あしたが楽しみである。

二カ月ぶりのロージーさん。
ヒロワさん、
ありがとうございました。
次は、5月ですね、よろしくです。









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はじまるね


ひたすらひたすらキーボードを叩く

3月29日(木)

 桜満開、われは引きこもりなり。
 仕事に追われて外に出られない状態なので、桜が見られない。
 この時期は、毎日でも桜を見たい。雨が降らない間に桜を堪能したい。
 土曜日は、ぜったいに花見昼弁当をするのだ。昼だけれど土曜日だからビールをもっていこう、いこう、いこう。
 ちょうどピークになるだろうからご近所さんたちも出てきているかもしれないし、最近では隣駅からもやってきているようだ。名所にならないことを願う。みなさん、奈良公園か大阪城公園へ行ってください。

 外に出られないので昼は、サラメシを見ながらきつね丼をいただく。
 シンプルイズベストだな、少々甘めがおいしい。


 サラメシは、またまた再々放送のものだった。なんでや~ねん、再放送でとめておきなさい。NHKは再放送だけではなく再々放送も多い、やる気があるのか? スポンサーなしでもやっていけるから偉そうになっておるぞ、ちがうか、返事をしなさい。
 アーカイブなんてうまいこといっちゃって、ごまかさないでぇ~。

 それはそれとしてそれなんだけど、ここのところ見たい番組がない。すでにターゲットから外されているのだろうな、99.9はよかったけど。
 しかし、はじまりますよ、4月から新しい朝ドラがね。ようやく今回の朝ドラが終わる、最初の数回で見るのをやめたから、その先が分からないが、想像はつく。嫌悪感シャワーを浴びせられて脱落してしまったのだ。
 アート引越センターのコマーシャルが出た瞬間にチャンンネルをかえたくなるくらいダメである。生理的に受け付けなくなっているじぶんがコワイ。



 次への期待は大きい。早起きできるかどうかは朝ドラにかかっているという、いい加減なワタクシであります。だいたい、関西担当のものはよくないのだな、統計的にというか、いままでのじぶんの好み統計では、そういう答えが出ている。どうしてだろう、解明はされていない。
 4月を気持ちよくスタートできるかどうかは、朝ドラにかかっているのだ。よろしくお願いします。







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出張ごはん


目的は食かと出張我に問う

3月28日(水)

 週のはじめから出張だったので、出張ごはん特集です。特集だよ、ほほ-。

 どうしても、夜は別だけれど、昼間は移動時間に食べることが多いので簡単なものになってしまう。食堂もなかなか見つからないし、カンタンでいいやになるんだよね。

 まず、今回は移動中にこれを食べました。
 そうです、さばサンバではなく(おもろない!)、さばサンドです。





 京都駅に売っているのを随分前に発見して一度買ったことがあるので、味もわかっている、さばはもちろん大好物、迷うことなく手にしました(残りひとつだった)。
 家でもつくってみようと思っています。


 新幹線移動の疲れをほぐすのは、やっぱりビールでしょう。
 今回の、『ギョービーメン!』は、これだぁ。


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 結果は、「大失敗の巻」でした。
 なんじゃこのつけ麺の麺の味のないこと、さらにつけ汁の濃いこと、醤油たっぷりでごまかしておりますよといような味だった。つけ麺なのに、つけ汁をつけずに食べました。
 食べ物の失敗はくやしい。

 気を取り直して翌日の昼は、BUNKAMURAザ・ミュージアムへ。
 見たかった、猪熊玄一郎氏展に行きました。





 本を2冊もっているのですが、本物は違います、興奮しました。絵を描きたくなってきたので練習をはじめようと思います。影響されたなぁ。

 次の打ち合わせがあるので、やや急ぎ気味の昼食は、C&Cの「ほうれん草カレー」。C&Cのカレーは好き、あっさり、さっぱり、ふつうでいい。中辛でいただきました、ぺろりんちょ。



 いつもの長丁場の会議を終えたら、いつもの店でいつもの愛しきメンバーと、とっても楽しい飲み会です。
 今夜のメニューは・・・





 帰りの新幹線でチャーハン弁当を食べました。シウマイ弁当が売り切れだったのが残念。やっぱりシウマイ弁当だわ。



 真夜中の桜、行くときはまだ咲いていなかったのになぁ。今週末は、お弁当をもって花見をしよう。



 ぐったりと疲れて帰宅。
 来週もまた出張が待っているぞ~、日帰りだぞ~、日帰りはさすがにきついぞ~、でも予算もあるしコンパクトにしていかなくちゃと、じぶんに言い聞かせています。
 金持ちになりたーーーい。ちょっといいホテルで、部屋ごはんをしたーーーい。夢よ、かなえ!








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ムサシ


花は咲き枯れゆくも余韻を残す

3月27日(火)

 2016年に亡くなった演出家・蜷川幸雄氏の代表作『ムサシ』を観てきた。
 井上ひさし氏の書き下ろしで、初演は2009年。たしか埼玉まで観に行ったなぁ。
 今回、蜷川氏の三回忌追悼公演として再演されることになった。
 あっという間に時は流れ、井上さんも蜷川さんもいまはいない。寂しいねぇ。時の流れは残酷でもある、もっともっとと思うのは欲張りなのか、そうかもしれない。すばらしいものを残してもらったんだからね。



 今回、いろんな意味で藤原竜也くんの成長を感じた。いろんな意味というのは、横から見ても後ろから見ても、独立した役者になったということ(個人的見解)。デビューの舞台からずっと見続けているので、移り変わり、変遷を目の当たりにしている。
 これからも彼を追いかけることは間違いない、年齢と経験を重ねてどう変化していくのか、楽しみだ。



 舞台は劇場の空気でも変化する、観る場所でも違う、お金と時間があるならば複数回観たいけれど、そもそもチケットがとれない。人気は衰えない(うれしいことだ)。
 劇場としていちばん好きなのはシアターコクーン。東京にいるときは近くだったけれど、いまは一泊しないとダメなので距離を感じてしまう。でもまたシアターコクーンへ行く、きっと行くぞ。

 舞台はいい。同じ空間にいる、同じ時間を生きている、観る方にも緊張感があるものね。最近は文楽を定期的に観ているので舞台への欲求不満は少し解消できている。
 関西に引っ越してきた当初は、欲求不満がたまっていて、やっぱり東京がいいなぁ、また三軒茶屋に住みたいなぁと、何度も思った。
 ようやく気持ちは落ち着いてきたけれど、まだどこかでくすぶっているのも事実だ。

 舞台を観たあとの酒はおいしい。飲むもの食べるものがキュンキュンとカラダに吸い込まれていくような快感がある。贅沢な余韻だな。
 しばらくは余韻に包まれて日常生活をおくれそうだ。ありがとう、







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麺です、


つるんと魅惑の麺ロード

3月26日(月)

いきなりですが麺です。
最近食べた麺をずらりと並べてみました。
麺、好きです。
ラーメンもうどんも蕎麦も素麺もスパゲティも・・・
麺ならなんでも好きと言い切っていいほどです。

いつか、いろんな土地の自慢の麺を食べ歩きたい、全国各地麺行脚です。
お取り寄せではなく現地まで足を運んで食べる、いいでしょう、いいなぁ、
「つるつるつるん麺ロードをゆく」、なんてね。テレ東の番組でどうですか?
もちろん、ローカルバスでは行きませんよ、
楽ちん豪華電車の旅ですよ、うんうん、夢だなぁ。

では、麺写!をご覧ください。


焼きソバ麺(WAKASAya麺)でラーメン。
まったくもって問題なし、うまし。


蕎麦(WAKASAya)でラーメン、そばら~めんである。
あなどれませんよ、相性はいい。


れんこんめん(WAKASAya麺)でラーメン。
キャベツとの相性、良好。


平うちめん(WAKASAya麺)を使って焼きそばをつくった。
ソースとのからみもいい麺だ。


飲んだ後には素麺です。
酔っぱらっていても簡単に素早くつくれますよ。

以上、







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やっぱり間違えた


つぼみゆらゆら春風を待つ

3月25日(日)

 今日もまた、しっかりきっちり、正しく迷いました。
 始めていくところは、方向音痴にとっては厳しいです。
 とくにクルマだと一本道を間違えると、ぐるぐるとその周辺を走り回ることになるから、余計混乱してしまいます。
 ぐるぐる回っている間に方向磁石は完全に狂ってしまって、そもそも東西南北を認識していないということもあり、「はい、お手上げ」と白旗が眼前に現れます。
 あー、またいつものことだと落ち込む、そんな繰り返しです。

 今日は三周目でどうにか目的地にたどり着きました。ナビも騙されたようです。曲がるべき所に、二本一方通行の道路があって、正解はどうみても誰がみてもこっちだろうと、誰もが思うはずの道ではなく、どうみてもその道は狭すぎておかしいだろうという、手前の細道でした。
 トリックか、仕掛けか、目くらましなのか、やられちゃいました。体内磁石は今回も敗北してしまったのです。連敗です。



 方向音痴を治すにはどうしたらいいのでしょう。もう治らないと思っているのがいいのでしょうか。治療薬がないのは分かりますが、せめて訓練みたいなものがあってもいいように思うのです。
 方向音痴と記憶力は関係していると、断定した次期がありました。記憶力が悪いので目印を記憶できない、だから道に迷うと、納得していましたが、どうやらそれだけでもなさそうです。まだ全容は解明できていませんけどね。

 どこへ行くにも水先案内を必要とするのは恥ずかしいので、一人旅を重ねて体内磁石を鍛えてみるのはどうかと、じぶんに提案しています。
 一人旅ってしたことがない(仕事以外で)という、お恥ずかしい事実を背負っています。 
 まずは、東京や近所を一人ぶらぶら歩き回り、夜は一杯一人酒などを試みるというところからはじめてみるのがいいと、これまたじぶんに提案中です。
 方向音痴とさよならするために、あれこれ試して、地図を読める人になりたいのです。
 道を間違えない、間違わない、イコール、人生の道にも通じるのではないでしょうか。え、うそ、それはやばいぞ。早急に方向音痴を治そう。


春は、オレンジ色かな。


昼ごはんは、チャーハンでした。







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鎖国だ、


春のつぼみにポロリこぼす本音

3月24日(土)

目がかゆいのです。
桜はまだつぼみなのです。
青空がきもちいいのです。
でも、すこし部屋は冷えてきました。
昼には、蕎麦をラーメンスープで食べました。
「蕎麦ら~めん」とネーミングをして満足しています。
蕎麦好きから言わすと、「バカヤロー」かもしれません。
でも、時々、だれかに「バカヤロー」と言われたい気もします。

昼は吉本新喜劇を、好物の茂造バージョンで、
それも三十周年記念ということだったのラッキーでした、満足。
小学生の頃から馴染んでいる吉本新喜劇、
とちゅう二十数年のブランクがあったけれど、やっぱりすぐに馴染みました。
吉本新喜劇は大阪だけでやってほししいなと、
若手芸人の芽を摘むようなことを思っています。



大阪は鎖国をするべきだと、何十年も前から考えています。
もし、江戸城が無血で明け渡されなかったら、
江戸城が焼けてなくなっていたら、
たぶん首都は大阪になっていたんじゃないかと信じています。
でも、首都にならなくてよかったかもしれません。

吉本も串カツもビリケンさんも、あれもこれも外に出してはいけないのです。
来なさい、本場で見なさい食べなさいと、堂々としていればいいのです。
チェーン店も受け入れないことにしましょう。
え、そうなると大阪の経済はめちゃくちゃになるって?
いやいや、しぶといですよ、そうなると本領発揮、底力が雄叫びをあげます。
そしてもう日本国を相手にしません、
大阪は世界の大阪になっていくのです。

手持ちの希少価値を磨きに磨けば、
唯一無二のワールドワイドな価値を生み出すことでしょう。
どうです、この妄想プラン。
よし、知事に立候補するか、政党名は「鎖国党」。
負け勝負になること間違いなしですね。



土曜日の夕方にアホなことをめぐらしながら、
夜はなにを飲むか、なにをつまみにするか、
しんけんに考えているしだいであります。
(なんか政治家風のしゃべりになってる?)
果たして、どういうしだいになったか、
ビール、日本酒、タコぶつ、ハタハタなどなど、
土曜日の幸福を味わうしだいとなりました(ことばがへん?)。







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充電問題


乾電池絶滅危惧種に指定され

3月23日(金)

 まわりに充電しないと使えないモノが増えている、電池交換ではなく充電を要求される。
 持ち歩くモノは外出時に電源が切れると、電池交換のときのようにコンビニへというわけにはいかず、しまったぁと、確認をしなかったことを後悔するしかない。
 タブレット、カメラ、ヒゲそり(出張時に使用)、レコーダー、スマホ、ワイファイなどなど、電池では動きませんというグループが並んでいる。
 そして、それぞれに充電をするアダプターがついていて、どれも他のモノに使うことを許さないという身勝手なけちん坊たちなのだ。
 ひとつですべてをまかなえるようにならないものか、もしくは一回の充電で1年もつとかさ、どうなのできないの。



 電源アダプターをすべてもっては歩けないからといって、ちがうものをつかうと危険ですなんてことも言われているから、困るのだよ。
 非常に不便だということをここに記しておこう。何年か後にこのブログを読んで、「今は電源アダプターなんていらない、無線充電で町の中でも山の中でもすぐにできるからね」なんて、言っているかもしれません。
 ある意味恐ろしいけれど、便利は恐怖を駆逐するし、考えられるリスク対策だって、そのときに考えればいいなんてことになる予感がする。利益優先社会の合言葉は、『企業の利益は命より重い』だ。隠されていた事実がどんどん発覚しているじゃないか。
 一流企業の上層部に所属しない者たちの命は軽く見られていると、思わずにはいられません。いくらでも事例を上げられるという恐ろしさである。
 なんか話が違う方向へ歩き出したな、でもいつものことだからいいか、仕方がない、勝手に指が動くんだもの、止められません。



 金曜日です。早めに散歩をしたのですが、青空がとっても気持ちよかった。我が町の桜の花ももう少しで咲きそうですから、来週の土曜日にはお弁当をもって昼ごはんができるんじゃないかな。
 花を見ながらお弁当、もちろんビールももっていきましょう。一缶だけね。








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ふむふむ


揺れ動く気持ち折れぬよう深呼吸

3月22日(木)

 何冊も同時に本を読むのはいいのか、よくないのか、いつも迷うのだけれど、ひとつ答えを見つけた。
 学校の授業では、時間割に沿ってちがう本(教科書)を読まされるではないか、それを何年も続けてきたのだから、同時に何冊かの本を読むことはもしかしたら身についているのかもしれない。なんてことを勝手に思ったのだけれど、ふむふむ。
 混乱してアタマに入らなくなるのか、ちゃんとある程度はアタマの本棚におさまるのか、それはわからない。記憶力はよくないので、一冊一冊きちんと読み終わるまでは次の一冊に手を出さないのがいいのか、これは身体能力が問われる問題でもあるのか、ふむふむ。
 でも、クセなんだよなぁ。机の上に一冊、枕元に数冊、お風呂用に一冊、聖徳太子なら100冊くらい同時に読んでもアタマに入るのだろうけど、凡人以下であるワタクシは、脳が跳ね返すのだ、ふむふむ。



 読みたい本はたくさんあるけれど、読んだからどうなるのだ、自分にとって時間を費やす価値はあるのか、なんてことも思ってしまう。他にもやりたいことがある、しかし時間は限られている。悩ましいところだ。
 とりあえず、今あるものを一冊、一冊平らげていこう。すべてが栄養にはならないと思うが、楽しめたらいいじゃないか、その瞬間をね。

 そういえば、図書館に行かなくなった。仕事で調べ物をしに行くということもなくなったので(今はネットで調べられる)、そうとうご無沙汰している。
 雑誌もそろっているから、バックナンバーを見に行っていたこともあったけれど、それもネットでカバーできるようになった。
 実際の雑誌を手にするのと画面で見るのとではかなり違う、それでも便利に負ける。出掛ける時間が必要ないというのは強い。ただ、そうして節約した時間をどこに使っているのだろうか、節約した時間で、むかしよりも充実した日々を送れているのか。
 「もうこんな時間、今日も無駄に過ごした」という声をよく聞くものね。自分自身も発している、ふむふむ、である。


見つけた。いいことあるよ、きっと。







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あふれている


さくらさくら驚き顔で迎える春分

3月21日(水)

 桜もびっくり、東では雪が降っている。西も雨、曇り、気温は下がっている。春分なのにどうなっているのだ。
 ここのところずっと、どうなっているんだということがあっちこっちにあふれ出している。気候もシステムも人も正義も悪も常識も非常識もぐちゃぐちゃになって許容範囲を超えてあふれている。
 あふれたところから腐敗していく、すでに腐敗したモノと者はさらに液状化し朽ちていく、なんて映像を想像してしまう。SFを超えるぞ。
 こういうことが続くと、すべてあたりまえになってしまって、感覚や感情が麻痺しまうかもしれない。そうか、だから感覚や感情のないAIを神さまは人類に授けてくれたのか、もう人の感覚や感情を必要とする時代は終わったと告げられているんじゃないか。なんだか納得してしまうなぁ。
 異常なことも日々つづくと正常という言葉に置き換えられ、これであたりまえなのだと認識してしまう、だって人間だもん。そういう時代を通り越してきているのにも関わらず。



 春分の日、少し仕事をしてから休日モードに入る。昼は、サンマの蒲焼き(缶詰)をつかってどんぶりをつくった。「サンマの蒲焼き丼」である。
 タマネギとニンニク、ショウガ、卵もね、という材料。簡単便利にできておいしい。缶詰って非常食にもなるし、酒のつまみにもなるし、常備しておくことだな。

※残りキャベツスープもね、

 鯖缶には助けられた時代があった。米と鯖缶があれば生き延びられると信じていた、お金がとことんないときは、まず米を買う(いまだに米には特別な思いがある)。
 最悪、米だけでなんとかなる(醤油は必需品)、そこに缶詰という贅沢が加われば、ニコニコだよ。振り返れば10円にも困った時代があったなぁ、その時のことを思うと、今はとっても幸せである、幸せを実感する日々である。今がつづいてほしいと願う。
 若いから乗り越えられることもあるし、歳を重ねないと乗り越えられないこともある、確かなことはつながっているということだな。







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