今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

ファッションショーの日

2006-09-21 | 記念日
今日(9月21日)は、「ファッションショーの日」
1927(昭和2)年9月21日、銀座の三越呉服店で日本初のファッションショーが行われた。
ファッションショーとは、ファッションデザイナー及びファッションブランドが自らの服飾作品を公開、発表する場である。多くの場合、ファッションショーにはファッションデザイナーと契約を結んだファッションモデルが、そのデザイナーの作品を身に纏い、どのように着こなせば良いか、どのように発展させられるか、などデザイナーの理想を動くマネキンとして衣服で表現する。
、銀座の三越呉服店でのファッションショーは、9月21日~23日まで開催された。モデルには初代水谷八重子など女優が勤めたが、これは、一般よりデザインを募ったファッションショーであった。又、ファッションショーの言葉からは、洋装だけが想像されるが、実際には、和服にショールや日傘などが多いが、こうしたショーを通して、デパートが一般的な庶民のものとなっていった。
昭和初期は、不思議な時代であった。世界的な不況で、日本でも銀行の取り付けが続出、自殺者が相次ぐ一方で、不況などどこ吹く風の華やかな動きも、あちこちで見られた。後者の代表的なケースがモボ・モガの流行であり、呉服店から脱却したデパートの商法である。「モボ」・「モガ」は「モダンボーイ」、「モダンガール」の略で、「モボ」はシャツにネクタイ、山高帽子にロイド眼鏡にラッパズボン、白、茶などのエナメルシューズというスタイルで町を闊歩した。 特に「モガ」の登場はそれまでの女性観を一変させた。彼女等の装いは、ワンピースやツーピースの洋服に帽子が定番で、ヘアスタールはアーセル・ウエーブと呼ばれた耳隠し、そして、最大のポイントは膝上3~5センチにスカートやワンピースで、スタイルは、アメリカ映画などから取り入れ銀座などの街を誇らしげに歩いた。そんな姿に世間は大きなショックを受けた。当時日本女性の洋装率は1%前後、洋服自体も奇抜だったが、日本女性が人前でひざ小僧をさらすのは初めてだったからである。
一方、1928(昭和3)年には、三越、大丸、白木屋がいっせいに呉服店からデパートに衣替え、それと相前後して、商戦も本格化した。その中心になったのは、三越で、1927(昭和2)年4月、大増築を行って、牛肉、豚肉、石炭など日用品を扱い始めた。今までのように贅沢さを売り物にするだけでは、発展は望めないという思いの表れだったが、それに対抗して白木屋は無料送迎バスを導入、まだ珍しかった車の魅力で集客を図った。そんな中で、三越が、1927(昭和2)年9月に、日本で初めてのファッションショーを開いて、その言葉を定着させると、高島屋では、1928(昭和3)年3月の御大礼記念博覧会に初めてマネキンを登場させ、圧倒的な人気を集めた。更に同年三越が、フランス家具展を開催して欧風家具のブームを起こすと、松阪屋が国風(和風)家具の一代セールを実施して、日本回帰の流れを作るといった風だった。当時まだ、主流だった、着物の柄も、大正時代から昭和初期にかけて大柄で斬新な色使いのモダンなものが流行した。この当時、大阪市営バスの女性車掌の服装となった帽子、ネクタイ、ズボンにブーツというスタイルはモダンだと評判を呼んだそうだ。又、警視庁は1928(昭和3)年11月20日にダンスホール取締令を実施して、出入りのモボ・モガの風俗規制をしているが、モガたち出現の背景には、女性の職場進出などがあった。
モボ、モガなどの新風俗については、識者の反応も様々であった。世相を鋭く評論した評論家の大宅壮一は1929(昭和4)年の「中央公論」誌上で、「モダン・ガールの存在理由は、因習的な婦人道徳や男女関係や生活様式を思ひ切って破壊したところにある」と評価したという。清沢冽は、「新しい女」などと比較して、「今までの婦人運動などと違うところは、思想団体やいわゆる先覚者などの限られた、ものではない事である」と「モダンガール研究」の中で述べているという。モボやモガ・・・ダンスホールやカフェに出入するその服装が、流行をリードした。最先端の華やかさは、当時の銀座・丸の内・心斎橋など、街のイメージをかえていった。それは、新しい考え方を象徴するスタイルでもあったのだ。とにかく、当時のこれらの現象は、いわゆる”大正ロマンチシズム”の一つの成果でもあったのだ。まだ、この時代には、第一次世界大戦前にはなかったゆとりがあり、それぞれの個性やものを見る目を養った時であったようだ。因みに、戦後初めてのファッションショーは、1948(昭和23)年4月26日、東京・共立講堂で行われた。共立講堂とは、共立女子大学の講堂で、一般に神田共立講堂と良く呼ばれていたところ。(共立講堂は1938(昭和13)年にオープンし、当時としては日比谷公会堂と並ぶ大ホールで、戦前戦後を通じ音楽や演劇などに良く利用されていたそうだが、1956(昭和31)年に火災のため焼失、現在の建物は翌昭和32年に再建されたものだそうである。)戦争による壊滅的な打撃を受けた日本は、敗戦後はアメリカなど連合国からの援助に頼ることになった。食料など様々な物資不足はもとより、衣服も不足し闇市でも入手できない立場の大衆は、1948年からGHQの放出衣料による古洋服の着用を始める。戦争からの開放感もあり、おしゃれへの関心も高まり、洋裁学校が各地に開校したが、肝心の服地は不足していた。和服の生地(反物)を利用した洋服(ニュースタイル)が登場した。1ヵ月後に同じ場所で、全国コンクールがおこなわれたそうだ。
大正ロマンチシズム、大正モダニズムなどと言う言葉を聞くと、ただそれだけで、何とも言えない洒落た感じを受けるが、そこには現代文化の源流を感じるからだろうね。西洋と日本が混じり合った新しい文化 が登場したのがこの時代。絵画の面でも竹久夢二や、高畠華宵の絵は今見ても古さを感じない本当にシャレた絵だものね~。
そういえば、榎本健一があのだみ声で歌っていたモダンな歌があったよな~。確か、「おーれーは村 中で一番~ モボだーと言われーた男~~」ってな感じだったが、歌の題は,「洒落男」ではなかったかな?。その後は、確か「山高~帽子~でー・・・」と続くのだったと思うよ。榎本健一ことエノケンは、1929(昭和4)年に「カジノ・フォーリー」で一躍人気者となったコメディアン。当時の歌を歌っていたのだろうが、子どもの頃よくこの歌を聞いたが、何で聞いたのかよく覚えていない・・・この歌自身がモダンで明るく楽しい歌だ。懐かしいよな~。
大正~昭和初期の大正モダニズム全盛時代に、浅草を中心に大流行した「オペラ」は、娯楽の少なかった時代の大人気イベントとして、モボやモガだけでなく、大勢の老若男女までもが劇場に押しかけたという。ビゼーの『カルメン』、ロッシーニの『セビリヤの理髪師』、ヴェルディの『椿姫』『リゴレット』、それにスッペの『ボッカチオ』などが日本語で上演され、押すな押すなの大盛況だったという。しかも、それらのオペラは、「正統的なオペラ」として上演されることもあったが、多くは、日本風にアレンジされたり、パロディ化されたりしたうえ、フランス風のショウである“レビュー”や、ドタバタ喜劇、今の宝塚歌劇につながる少女歌劇などと同列に扱われ、観衆の大喝采を博したという。本当に、皆がモダニズムに酔っていたのだよね。でも、今の時代の流行とかファッションからいうとその中にはロマンが感じられるからいいよ。今の時代の女性のファッションなどは、ひざ小僧どころかこれ見よがしに「おへそまで」出してるからね~。ちょっと、出しすぎじゃない?それに、吉本に代表されるお笑いの世界でも、ギャグの連発でしゃれっ気がないよね~。
モダニズムのモダンは本来、現代的、近代的という意味だが、当時はそんな男性や女性をモガ・モボと呼び、またちょっと不良っぽい若者のことを言った。しかし、今時の「モダン」を見ていると、今では、多少レトロなかっての大正モダンの方が、逆に新鮮に感じられるよ。
現在、ファッションショーの中でも「コレクション」と呼ばれ、定期的に開かれる大規模なショーは、オートクチュールに関してはフランスのパリ、イタリアのローマで開催されるオートクチュール(フランス語で「特注の仕立て服」の意)・コレクションがある。プレタポルテ(通常、一流のデザイナーがデザインを手掛け、仕立てた既製品)に関しては、ニューヨーク・ロンドン・ミラノ・パリ・東京で開催される「世界 五大コレクション」と呼ばれているものがある。
それに、最近は、ファッション都市宣言をしている神戸市の「神戸ファッション」が注目されているよ。
「神戸コレクション」とはどんなものか?ここを見てね。↓
http://kobe-collection.com/about/index.html
(画像は、「ニューファッション」。戦後初めてのファッションショー。着物地を利用した洋服が登場。東京・共立講堂。アサヒクロニクル『週刊20世紀』より)
参考:
ファッション-wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3
三井広報委員会|三越の歴史
http://www.mitsuipr.com/history/mitsukoshi.html
水谷八重子 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%B0%B7%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%AD%90
モボ・モガ闊歩
http://park.org/Japan/NTT/MUSEUM/html_ht/KA005700_j.html
誰か昭和を想わざる 不良外人とモダンガール
http://www.geocities.jp/showahistory/history1/04c.html
昭和モダニズム
http://homepage2.nifty.com/wave1936/
モダニズム
http://www.tabiken.com/history/doc/S/S142C200.HTM
大正ロマンチカ
http://www.romantica.jp/
榎本健一 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A6%8E%E6%9C%AC%E5%81%A5%E4%B8%80
高畠華宵大正ロマン館
http://www.kasho.org/
竹久夢二 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B9%85%E5%A4%A2%E4%BA%8C