三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】
09.5/3 375回 その(3)
長い年月、夕霧が変わらずに思い続けていましたのが見えたのでしょうか、内大臣もすっかり我を折られて、丁度よい機会がないものかとお思いになっていました、四月の初めごろ、お屋敷の庭の藤の花がたいそう美しく咲き揃ってきました。このまま見過ごすのはもったいないと、管弦のお遊びを催し、宰相の中将(夕霧)を招くことにします。
頭の中将(柏木)を使者として、内大臣の御文には、
「一日の花の影の対面の、飽かず覚え侍りしを、御暇あらば、立ち寄り給ひなむや」
――我が家の藤が濃い紫に匂う夕暮れ、春の名残を惜しみにお問いくださらぬ法がありましょうか――
かなり強引なお誘いのお歌に、文字通り藤の花の濃い花枝が添えられております。夕霧は、
「なかなかにをりやまどはむ藤の花たそがれ時のたどたどしくは」
――夕暮れの藤の花のように、あなたのご意向がはっきりしませんので、お招きに預かりましても途方に暮れるでしょう――
と、すこし気後れがちに、お返事をいたします。そうして父の源氏の前に参って、内大臣からのお文をお見せになりますと、源氏は、
「思ふやうありてものし給へるにやあらむ。さも進みものし給はばこそは、過ぎにし方のけうなかりしうらみも解けめ」
――内大臣になにかお考えがあっておっしゃるのだろう。こうしてあちらから進んで出られてこそ、亡くなられた母君の大宮に対する昔の不幸の罪も解けようというもの――
と、おっしゃる源氏の得意さは、まったく心憎いほど悠然としておられます。さらに、
「わざと使いさされたりけるを、早うものし給へ」
――わざわざ名指しでお使いをよこされたのだから、早くでかけなさい――
と、おゆるしになって、直衣の色の濃すぎるのを注意なさったり、ご自分のご衣裳の中から立派なものを添えて夕霧にお遣わしになります。夕霧は、内心どういうことなのかと穏やかではありませんが、
「わが御方にて、心遣ひいみじくけそうじて、たそがれも過ぎ、心やましき程に参うで給へり」
――(夕霧)はご自分のお部屋で、念入りにお化粧して、夕暮れも過ぎ、先方で気を揉んでいらっしゃる頃参上なさいます――
ではまた。
09.5/3 375回 その(3)
長い年月、夕霧が変わらずに思い続けていましたのが見えたのでしょうか、内大臣もすっかり我を折られて、丁度よい機会がないものかとお思いになっていました、四月の初めごろ、お屋敷の庭の藤の花がたいそう美しく咲き揃ってきました。このまま見過ごすのはもったいないと、管弦のお遊びを催し、宰相の中将(夕霧)を招くことにします。
頭の中将(柏木)を使者として、内大臣の御文には、
「一日の花の影の対面の、飽かず覚え侍りしを、御暇あらば、立ち寄り給ひなむや」
――我が家の藤が濃い紫に匂う夕暮れ、春の名残を惜しみにお問いくださらぬ法がありましょうか――
かなり強引なお誘いのお歌に、文字通り藤の花の濃い花枝が添えられております。夕霧は、
「なかなかにをりやまどはむ藤の花たそがれ時のたどたどしくは」
――夕暮れの藤の花のように、あなたのご意向がはっきりしませんので、お招きに預かりましても途方に暮れるでしょう――
と、すこし気後れがちに、お返事をいたします。そうして父の源氏の前に参って、内大臣からのお文をお見せになりますと、源氏は、
「思ふやうありてものし給へるにやあらむ。さも進みものし給はばこそは、過ぎにし方のけうなかりしうらみも解けめ」
――内大臣になにかお考えがあっておっしゃるのだろう。こうしてあちらから進んで出られてこそ、亡くなられた母君の大宮に対する昔の不幸の罪も解けようというもの――
と、おっしゃる源氏の得意さは、まったく心憎いほど悠然としておられます。さらに、
「わざと使いさされたりけるを、早うものし給へ」
――わざわざ名指しでお使いをよこされたのだから、早くでかけなさい――
と、おゆるしになって、直衣の色の濃すぎるのを注意なさったり、ご自分のご衣裳の中から立派なものを添えて夕霧にお遣わしになります。夕霧は、内心どういうことなのかと穏やかではありませんが、
「わが御方にて、心遣ひいみじくけそうじて、たそがれも過ぎ、心やましき程に参うで給へり」
――(夕霧)はご自分のお部屋で、念入りにお化粧して、夕暮れも過ぎ、先方で気を揉んでいらっしゃる頃参上なさいます――
ではまた。