09.5/18 390回
三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】その(18)
「わざとの大楽にはあらず、なまめかしき程に、殿上の童舞仕うまつる。……賀王恩といふものを奏する程に、太政大臣の御男の十ばかりなる、切におもしろう舞ふ。内裏の帝、御衣ぬぎてたまふ。太政大臣おりて舞踏し給ふ。」
――(楽所を召して)儀式ばった大演奏ではなく、優雅な程度に殿上童(てんじょうわらわ)が舞を舞います。賀王恩という曲に太政大臣のご子息で十歳ほどの御子が、たいそう上手に舞いました。冷泉帝はご自分の御衣をぬいで賜りますと、太政大臣は庭に降りてお礼の拝舞をなさった。―-
「主人の院、菊を折らせ給ひて、青海波の折を思し出づ。歌、
『色まさるまがきの菊もをりをりに袖うちかけし秋を戀ふらし』」
――六条院の主人である源氏は菊をお折らせになって、あの昔、青海波を舞った日を偲ばれて、歌、「今は高位に昇っておられるあなたも、折々は昔私と一緒に青海波を舞った時のことをなつかしまれることでしょう」――
「大臣、その折は同じ舞に立ち並び聞こえ給ひしを、われも人にはすぐれ給へる身ながら、なほこの際はこよなかりけるほど思し知らる。時雨、折り知り顔なり。歌、
『むらさきの雲にまがへる菊の花にごりなき世の星かとぞ見る』ときこそありけれ、と聞こえ給ふ」
――太政大臣は、あの時は源氏と共に青海波を舞われましたが、ご自分も人並み以上に出世なさりながらも、やはりこの方には及びもつかなかったと、つくづくと痛感なさったのでした。時雨が時知り顔に降り過ぎて興を添えています。歌、「紫雲にも紛う菊の花のようなあなたは、聖代の星かと思われます」今は又一段と眩いはなやかさで、と申し上げます――
夕風が吹き落して敷く、紅葉の濃き薄きを敷く庭では、身分ある家の姿も愛らしい童たちが、白橡(しらつるばみ)、蘇芳(すおう)、葡萄染め(えびぞめ)などの下襲を、いつもどおりつけて、みづらに結い、額に天冠をつける位でちょっとした短い曲を舞っては、紅葉の陰に帰って行く頃、日の暮も惜しいほどに思われます。
◆写真:楽所の舞楽をご覧になる
三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】その(18)
「わざとの大楽にはあらず、なまめかしき程に、殿上の童舞仕うまつる。……賀王恩といふものを奏する程に、太政大臣の御男の十ばかりなる、切におもしろう舞ふ。内裏の帝、御衣ぬぎてたまふ。太政大臣おりて舞踏し給ふ。」
――(楽所を召して)儀式ばった大演奏ではなく、優雅な程度に殿上童(てんじょうわらわ)が舞を舞います。賀王恩という曲に太政大臣のご子息で十歳ほどの御子が、たいそう上手に舞いました。冷泉帝はご自分の御衣をぬいで賜りますと、太政大臣は庭に降りてお礼の拝舞をなさった。―-
「主人の院、菊を折らせ給ひて、青海波の折を思し出づ。歌、
『色まさるまがきの菊もをりをりに袖うちかけし秋を戀ふらし』」
――六条院の主人である源氏は菊をお折らせになって、あの昔、青海波を舞った日を偲ばれて、歌、「今は高位に昇っておられるあなたも、折々は昔私と一緒に青海波を舞った時のことをなつかしまれることでしょう」――
「大臣、その折は同じ舞に立ち並び聞こえ給ひしを、われも人にはすぐれ給へる身ながら、なほこの際はこよなかりけるほど思し知らる。時雨、折り知り顔なり。歌、
『むらさきの雲にまがへる菊の花にごりなき世の星かとぞ見る』ときこそありけれ、と聞こえ給ふ」
――太政大臣は、あの時は源氏と共に青海波を舞われましたが、ご自分も人並み以上に出世なさりながらも、やはりこの方には及びもつかなかったと、つくづくと痛感なさったのでした。時雨が時知り顔に降り過ぎて興を添えています。歌、「紫雲にも紛う菊の花のようなあなたは、聖代の星かと思われます」今は又一段と眩いはなやかさで、と申し上げます――
夕風が吹き落して敷く、紅葉の濃き薄きを敷く庭では、身分ある家の姿も愛らしい童たちが、白橡(しらつるばみ)、蘇芳(すおう)、葡萄染め(えびぞめ)などの下襲を、いつもどおりつけて、みづらに結い、額に天冠をつける位でちょっとした短い曲を舞っては、紅葉の陰に帰って行く頃、日の暮も惜しいほどに思われます。
◆写真:楽所の舞楽をご覧になる