09.5/21 393回
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(2)
「帝も御心の中にいとほしきものには思ひ聞こえさせ給ひながら、おりさせ給ひにしかば、かひなく口惜しくて、世の中をうらみたるやうにて亡せ給ひにしかば、」
――朱雀帝も御心のうちでは、気の毒にお思い申されながら、そのうちにご退位になっていまわれましたので、女御はよろずに口惜しく、世を恨めしく思いながらお亡くなりになってしまいましたが――
「その御腹の女三の宮を、あまたの御中にすぐれてかなしきものに、思ひかしづき聞こえ給ふ。その程御年十三、四ばかりおはす」
――その藤壺の女御の忘れ形見の女三の宮(おんなさんのみや)を、多くの姫御子の中で朱雀院はとりわけ愛しくお思いになって、大切にかしづきお育てになっておられます。お歳は十三、四ばかりでいらっしゃる――
「今はと背きすて、山籠りしなむ後の世にたちとまりて、誰を頼むかげにてものし給はむとすらむと、ただこの御事をうしろめたく思し歎く」
――(朱雀院のお心)自分がいよいよ出家して山籠りしたならば、この女三宮は誰を頼りとしてお暮らしになろうとするのかと、ただただこの御事ばかりがお心にかかってならないのでした――
朱雀院は洛西にある御寺が出来上がって、お移りになるご準備とともに、この女三宮の御裳著の儀式をお済ませになろうと準備なさいます。格別大切になさっている宝物やご調度品はもちろんのこと、お遊び道具にいたるまで一番すぐれたものを女三宮へ、それに次ぐ品物を他の御子達にお形見分けなされました。
東宮は、朱雀院がご病気の上、御出家の御所存とお聞きになって、御母承香殿女御とご一緒に、院に参上なさいます。
「すぐれたる御覚えにしもあらざりしかど、宮のかくておはします御宿世の、限りなくめでたければ、年頃の御物語、こまやかに聞こえ交させ給ひけり」
――(承香殿女御は)朱雀院の特別のご寵愛があったわけではありませんが、東宮がこうしていらっしゃる宿縁は限りなく目出度いことですので、長い年月の思い出などを細やかにお話合いになっていらっしゃるのでした――
ではまた。
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(2)
「帝も御心の中にいとほしきものには思ひ聞こえさせ給ひながら、おりさせ給ひにしかば、かひなく口惜しくて、世の中をうらみたるやうにて亡せ給ひにしかば、」
――朱雀帝も御心のうちでは、気の毒にお思い申されながら、そのうちにご退位になっていまわれましたので、女御はよろずに口惜しく、世を恨めしく思いながらお亡くなりになってしまいましたが――
「その御腹の女三の宮を、あまたの御中にすぐれてかなしきものに、思ひかしづき聞こえ給ふ。その程御年十三、四ばかりおはす」
――その藤壺の女御の忘れ形見の女三の宮(おんなさんのみや)を、多くの姫御子の中で朱雀院はとりわけ愛しくお思いになって、大切にかしづきお育てになっておられます。お歳は十三、四ばかりでいらっしゃる――
「今はと背きすて、山籠りしなむ後の世にたちとまりて、誰を頼むかげにてものし給はむとすらむと、ただこの御事をうしろめたく思し歎く」
――(朱雀院のお心)自分がいよいよ出家して山籠りしたならば、この女三宮は誰を頼りとしてお暮らしになろうとするのかと、ただただこの御事ばかりがお心にかかってならないのでした――
朱雀院は洛西にある御寺が出来上がって、お移りになるご準備とともに、この女三宮の御裳著の儀式をお済ませになろうと準備なさいます。格別大切になさっている宝物やご調度品はもちろんのこと、お遊び道具にいたるまで一番すぐれたものを女三宮へ、それに次ぐ品物を他の御子達にお形見分けなされました。
東宮は、朱雀院がご病気の上、御出家の御所存とお聞きになって、御母承香殿女御とご一緒に、院に参上なさいます。
「すぐれたる御覚えにしもあらざりしかど、宮のかくておはします御宿世の、限りなくめでたければ、年頃の御物語、こまやかに聞こえ交させ給ひけり」
――(承香殿女御は)朱雀院の特別のご寵愛があったわけではありませんが、東宮がこうしていらっしゃる宿縁は限りなく目出度いことですので、長い年月の思い出などを細やかにお話合いになっていらっしゃるのでした――
ではまた。