三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】
09.5/7 379回 その(7)
後朝(きぬぎぬ)のお文は、人目を憚るように来ましたのに、女君が恥ずかしがって、なかなかお返事されませんのを、口さがない侍女たちが肘を突つき合っております所へ、内大臣がお出でになって、夕霧のお文をご覧になってしまわれました。何とも趣のないこと。夕霧の歌、
「とがむなよ忍びにしぼる手もゆるみ今日あらはるる袖のしづくを」
――人知れず涙の袖をしぼる手も疲れて今は隠せませんが、お見逃しください――
と、いかにももう馴れ馴れしげです。内大臣は少し笑まれて手蹟などお褒めになりなど、以前の恨みなど跡かたも感じられません。
源氏も、ことの次第を諒解され、夕霧がいつもより光輝いて参上されましたのを、ご覧になって、
「今朝はいかに。文などものしつや。人わろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、そこし人にぬけたりける御心と覚えける。(……)さりとも、わが方たけう思ひ顔に、心おごりて、すきずきしき心ばへなどもらし給ふな。」
――今朝はどうか。あちらへ文を渡したか。賢い人でも女の事では取り乱すこともあるのに、焦れたりせずに過ごしてきたのは、少しは人より優れた心構えだった。(内大臣のあまりに偏ったやり方を、このように自分の方から折れてしまわれたのを、世間の人は何と言うかね)そうだとしても、自分の方が偉いもののように思って、良い気になって浮気などなさるな――
つづけて、
「さこそおいらかにおほきなる心掟と見ゆれど、したの心ばへ男々しからず癖ありて、人見えにくき所つき給へる人なり」
――(内大臣は)おおようで、寛大なお方のように見えるが、本心は男らしくないお心癖があって、付き合いにくいところのある方だからね――
と、例のようにご教示なさる。
お二人がお話しになっているご様子は、まるでご兄弟のようで、源氏もまだまだお美しい。
ではまた。
09.5/7 379回 その(7)
後朝(きぬぎぬ)のお文は、人目を憚るように来ましたのに、女君が恥ずかしがって、なかなかお返事されませんのを、口さがない侍女たちが肘を突つき合っております所へ、内大臣がお出でになって、夕霧のお文をご覧になってしまわれました。何とも趣のないこと。夕霧の歌、
「とがむなよ忍びにしぼる手もゆるみ今日あらはるる袖のしづくを」
――人知れず涙の袖をしぼる手も疲れて今は隠せませんが、お見逃しください――
と、いかにももう馴れ馴れしげです。内大臣は少し笑まれて手蹟などお褒めになりなど、以前の恨みなど跡かたも感じられません。
源氏も、ことの次第を諒解され、夕霧がいつもより光輝いて参上されましたのを、ご覧になって、
「今朝はいかに。文などものしつや。人わろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、そこし人にぬけたりける御心と覚えける。(……)さりとも、わが方たけう思ひ顔に、心おごりて、すきずきしき心ばへなどもらし給ふな。」
――今朝はどうか。あちらへ文を渡したか。賢い人でも女の事では取り乱すこともあるのに、焦れたりせずに過ごしてきたのは、少しは人より優れた心構えだった。(内大臣のあまりに偏ったやり方を、このように自分の方から折れてしまわれたのを、世間の人は何と言うかね)そうだとしても、自分の方が偉いもののように思って、良い気になって浮気などなさるな――
つづけて、
「さこそおいらかにおほきなる心掟と見ゆれど、したの心ばへ男々しからず癖ありて、人見えにくき所つき給へる人なり」
――(内大臣は)おおようで、寛大なお方のように見えるが、本心は男らしくないお心癖があって、付き合いにくいところのある方だからね――
と、例のようにご教示なさる。
お二人がお話しになっているご様子は、まるでご兄弟のようで、源氏もまだまだお美しい。
ではまた。