09.5/19 391回
三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】その(19)
「上の御遊び始まりて、書の司の御琴ども召す。」
――堂上のお遊びがはじまり、書の司(ふんのつかさ)の仰せがあって、楽器などをお取り寄せになります。
「ものの興せちなるほどに、御前にまな御琴どもまゐれり。宇陀の法師のかはらぬ声も、朱雀院は、いとめづらしくあはれに聞こし召す。歌、
『秋をへて時雨ふりぬる里人もかかるもみぢのをりをこそ見ね』うらめしげにぞ思したるや」
――興がますますたけなわな頃を見計らって、お三方の前に御琴をさしあげます。朱雀院は和琴の名器「宇陀の法師」の変わらぬ音色を、まことに久しぶりにあわれ深くお聞きになり、お歌、「幾年の秋を経て里人となった身も、これほど結構な紅葉の折に会ったことがない」とお詠みになられたのは、ご在位中にこのような紅葉の宴のなかったことを、残念に思われましたのでしょうか――
冷泉帝が、
「世の常の紅葉とや見るいにしへのためしにひける庭の錦を」
――昔の御賀に倣って催したこの宴を、普通の紅葉と思いましょうか――
と申しあげます。
「御容貌いよいよねび整ほり給ひて、ただひとつものと見えさせ給ふを、中納言の侍ひ給ふが、ことごとならぬこそめざましかめれ」
――(冷泉帝の)お顔がますますご立派にお整いになり、源氏と瓜二つに拝されます。伺候している夕霧がお二人と別のお顔でないのが、目を驚かされます――
「あてにめでたきけはひや、思ひなしにおとりまさらむ、あざやかににほはしき所は、添ひてさへ見ゆ」
――夕霧は冷泉帝と比べて気高い美しさでは、思いなしか劣っているようでもありますが、鮮やかに艶やかな様子は、中納言(夕霧)の方が優っているようです――
「笛仕うまつり給ふ、いと面白し。唱歌の殿上人、御階に侍ふ中に、弁の少将の声すぐれたり。なほさるべきにこそと見えたる御中らひなめり」
――夕霧は笛を承ってまことに上手に吹いておられます。唱歌(そうが)の殿上人が階段に控えて歌う中で、弁の少将(柏木の弟)の声が誰よりも見事です。やはり前世の宿縁で、こうも立派な方ばかり揃われた両家の御仲のようです――
◆書の司(ふんのつかさ)=後宮十二司の一つで、帝のご常用の書籍、楽器、文具などの事を掌る。
◆写真:楽器(和琴)を準備する女房
「藤裏葉」の巻おわり。
三十三帖【藤裏葉(ふじのうらは)の巻】その(19)
「上の御遊び始まりて、書の司の御琴ども召す。」
――堂上のお遊びがはじまり、書の司(ふんのつかさ)の仰せがあって、楽器などをお取り寄せになります。
「ものの興せちなるほどに、御前にまな御琴どもまゐれり。宇陀の法師のかはらぬ声も、朱雀院は、いとめづらしくあはれに聞こし召す。歌、
『秋をへて時雨ふりぬる里人もかかるもみぢのをりをこそ見ね』うらめしげにぞ思したるや」
――興がますますたけなわな頃を見計らって、お三方の前に御琴をさしあげます。朱雀院は和琴の名器「宇陀の法師」の変わらぬ音色を、まことに久しぶりにあわれ深くお聞きになり、お歌、「幾年の秋を経て里人となった身も、これほど結構な紅葉の折に会ったことがない」とお詠みになられたのは、ご在位中にこのような紅葉の宴のなかったことを、残念に思われましたのでしょうか――
冷泉帝が、
「世の常の紅葉とや見るいにしへのためしにひける庭の錦を」
――昔の御賀に倣って催したこの宴を、普通の紅葉と思いましょうか――
と申しあげます。
「御容貌いよいよねび整ほり給ひて、ただひとつものと見えさせ給ふを、中納言の侍ひ給ふが、ことごとならぬこそめざましかめれ」
――(冷泉帝の)お顔がますますご立派にお整いになり、源氏と瓜二つに拝されます。伺候している夕霧がお二人と別のお顔でないのが、目を驚かされます――
「あてにめでたきけはひや、思ひなしにおとりまさらむ、あざやかににほはしき所は、添ひてさへ見ゆ」
――夕霧は冷泉帝と比べて気高い美しさでは、思いなしか劣っているようでもありますが、鮮やかに艶やかな様子は、中納言(夕霧)の方が優っているようです――
「笛仕うまつり給ふ、いと面白し。唱歌の殿上人、御階に侍ふ中に、弁の少将の声すぐれたり。なほさるべきにこそと見えたる御中らひなめり」
――夕霧は笛を承ってまことに上手に吹いておられます。唱歌(そうが)の殿上人が階段に控えて歌う中で、弁の少将(柏木の弟)の声が誰よりも見事です。やはり前世の宿縁で、こうも立派な方ばかり揃われた両家の御仲のようです――
◆書の司(ふんのつかさ)=後宮十二司の一つで、帝のご常用の書籍、楽器、文具などの事を掌る。
◆写真:楽器(和琴)を準備する女房
「藤裏葉」の巻おわり。