永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(800)

2010年08月05日 | Weblog
2010.8/5  800回

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(19)

 「中納言殿には、聞き給ひて、いとあへなく口惜しく、今一度心のどかにて聞こゆべかりけること多う残りたる心地して、大方世の有様思ひつづけられて、いみじう泣い給ふ」
――中納言殿(薫中納言)は、八の宮のご逝去をお聞きになって、何とあっけないことだったと残念で、もう一度ゆっくりした気持ちで八の宮に申し上げる筈の事も多かったのにと、しきりに取り返しのつかない心地がしますものの、今更ながらにと、人の世の無常を思い続けられ、しみじみとお泣きになるのでした――

「『またあひ見むこと難くや』など宣ひしを、なほ常の御心にも、朝夕の隔て知らぬ世のはかなさを、人よりけに思ひ給へりしかば、耳なれて、昨日今日と思はざりけるを、かへすがへす飽かず悲しく思さる」
――(八の宮が)「もうお目にかかれないかも知れませんね」とおっしゃっていらしたのを、薫自身も、朝と夕との間さえ当てにならない現世のはかなさを、人並み以上に思っておられましたので、八の宮のお言葉をついつい聞き慣れてしまっていて、まさかこのように急にお亡くなりになるとは思ってもおられず、返す返すも諦めきれず悲しくお思いになるのでした――

 薫は、阿闇梨の許にも、姫君たちへの御弔問も、それぞれ懇ろに申し上げられます。

「かかる御とぶらひなど、またおとづれ聞こゆる人だになき御有様なるは、もの覚えぬ御心地どもにも、年頃の御心ばへのあはれなめりしなどをも、思ひ知り給ふ」
――(薫の)このようなお見舞いには、今となってはいよいよ訪れる者とてもないお住居に人心地なく歎き沈んでいらっしゃる姫君たちにとってみましては、薫の年来のお心遣いが身に沁みるのも、なる程と思われます――

「世の常の程の別れだに、さしあたりては、また類なきやうにのみ、皆人の思ひ惑ふものなめるを、なぐさむ方なげなる御身どもにて、いかやうなる心地どもし給ふらむ、と思しやりつつ、後の御わざなど、あるべき事ども、推しはかりて、阿闇梨にもとぶらひ給ふ。ここにも、老人どもにことよせて、御誦経などの事も、思ひやり聞こえ給ふ」
――世間普通の死別でさえ、その時になれば、ただもう他に例がないように誰でも感じて歎くものですのに、慰みようもないお二人の御身の上では、どのようなお気持でいらっしゃるだろうと、薫は深く思いやりながら、御法事など、しかるべき段取りをお察しになって、阿闇梨にもご挨拶申されます――

 また一方、薫は姫君たちの山荘にも、老女たちに贈る風にして、僧たちへの御布施のことなどもご配慮なさるのでした。

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