2010.10/21 839
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(16)
大君は、
「総角をたはぶれにとりなししも、心もて『尋ばかり』のへだてにても、対面しつるとや、この君も思すらむ、と、いみじくはづかしければ、心地あしとてなやみくらし給ひつ」
――総角(あげまき)を戯れに取り扱って薫の歌に返歌したことも、自分から進んで一尋(ひとひろ)ほどの隔てでも対面したのであろうかと、中の君も思っていらっしゃるであろう、と、ひどく極まり悪く、気分がすぐれないまま、ご病気になってしまわれました――
侍女たちが、
「日はのこりなくなり侍りぬ。はかばかしく、はかなき事をだに、また仕うまつる人もなきに、折あしき御なやみかな」
――御一周忌まで幾日も無くなりました。ちょっとした事さえ、きちんとご用意できる人もおりませんのに、大君の何とまあ、折悪しくご病気とは――
と、不安げに中の君に申し上げます。中の君は名香にかける組み紐を作り終えてのち、大君に、
「心葉など、えこそ思ひより侍らね」
――心葉(こころば)の結び方など、私にはとても出来そうにありませんので――
と、無理に大君に申されますので、大君は起きてご一緒にお造りになりました。薫から御文が参りましたが、「今朝からひどく気分が悪うございまして」と侍女を通して申し上げます。侍女たちは陰で、「まあ何と困ったことでしょう。子供のようでいらっしゃる」とひそひそ言い合っています。
「御服などはてて、脱ぎ棄て給へるにつけても、かた時もおくれ奉らむものと思はざりしを、はかなく過ぎにける月日の程をおぼすに、いみじう思ひのほかなる身の憂さと、泣き沈み給へる御さまども、いと心ぐるしげなり」
――喪服での一年間が済んで、喪服をすっかり脱ぐ日が来たことにつけても、父宮に後れては、片時も永らえまいと思っていましたのに、と、姫君たちは、はかなく過ぎ去ったこの一年が悔まれて、ままならぬ身の憂さが胸に込み上げてきて、泣き沈んでいらっしゃるご様子は、何とも痛々しい限りです――
◆写真:心葉(こころば)=大事な捧げものなどに添える飾り花。
では10/23に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(16)
大君は、
「総角をたはぶれにとりなししも、心もて『尋ばかり』のへだてにても、対面しつるとや、この君も思すらむ、と、いみじくはづかしければ、心地あしとてなやみくらし給ひつ」
――総角(あげまき)を戯れに取り扱って薫の歌に返歌したことも、自分から進んで一尋(ひとひろ)ほどの隔てでも対面したのであろうかと、中の君も思っていらっしゃるであろう、と、ひどく極まり悪く、気分がすぐれないまま、ご病気になってしまわれました――
侍女たちが、
「日はのこりなくなり侍りぬ。はかばかしく、はかなき事をだに、また仕うまつる人もなきに、折あしき御なやみかな」
――御一周忌まで幾日も無くなりました。ちょっとした事さえ、きちんとご用意できる人もおりませんのに、大君の何とまあ、折悪しくご病気とは――
と、不安げに中の君に申し上げます。中の君は名香にかける組み紐を作り終えてのち、大君に、
「心葉など、えこそ思ひより侍らね」
――心葉(こころば)の結び方など、私にはとても出来そうにありませんので――
と、無理に大君に申されますので、大君は起きてご一緒にお造りになりました。薫から御文が参りましたが、「今朝からひどく気分が悪うございまして」と侍女を通して申し上げます。侍女たちは陰で、「まあ何と困ったことでしょう。子供のようでいらっしゃる」とひそひそ言い合っています。
「御服などはてて、脱ぎ棄て給へるにつけても、かた時もおくれ奉らむものと思はざりしを、はかなく過ぎにける月日の程をおぼすに、いみじう思ひのほかなる身の憂さと、泣き沈み給へる御さまども、いと心ぐるしげなり」
――喪服での一年間が済んで、喪服をすっかり脱ぐ日が来たことにつけても、父宮に後れては、片時も永らえまいと思っていましたのに、と、姫君たちは、はかなく過ぎ去ったこの一年が悔まれて、ままならぬ身の憂さが胸に込み上げてきて、泣き沈んでいらっしゃるご様子は、何とも痛々しい限りです――
◆写真:心葉(こころば)=大事な捧げものなどに添える飾り花。
では10/23に。