2010.10/29 843
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(20)
薫の執拗さに困り果てて、大君はお心の中で、
「いかにもてなすべき身かは、一ところおはせましかば、ともかくも、さるべき人にあつかはれ奉りて、宿世といふなる方につけて、身を心ともせぬ世なれば、みな例のことにてこそは、人わらへなるとがをも隠すなれ」
――いったい自分はどうしたらよい身の上なのであろうか。父上、母上のどちらかお一人でも生きておられたなら、何とかしかるべき人のお世話になっていくのでしょうが……。例えば、運命とかいうことにまかせて、意のままにならない一生であっても、それはそれ、世間には良くある事として、外聞の悪い事は隠して繕っていくらしい――
「あるかぎりの人は年つもり、さかしげにおのがじしは思ひつつ、心をやりて、似つかはしげなる事をきこえ知らすれど、こははかばかしき事かは、人めかしからぬ心どもにて、ただ一方に言ふにこそは」
――(ところが)今いる侍女たちは皆、年老いていて、自分ではいかにも利口ぶって、心配りをしている風に、この縁談がいかにもお似合いであると知恵をつけるけれど、こんな事の運び方が、果たして折り目正しい縁組というのだろうか。分別もない老女たちの考えで、ただ一方的に騒ぎ立てているばかりではないか――
とお思いになりますので、侍女たちが寄ってたかってひき動かさんばかりに口々に申すのも、たいそう辛く厭わしくて、妙な生まれつきの我が身よ、と、全く乗り気におなりになれません。それなのに、侍女たちが、
「『例の色の御衣どもたてまつりかへよ』など、そそのかしきこえつつ、皆さる心すべかめるけしきを、あさましく、げに何の障りどころがはあらむ、程もなくて、かかる御すまひのかひなき、山なしの花ぞのがれむ方なかりける」
――「はやく喪服でない華やかなお召し物にお着替えください」などと、口々にそそのかします。皆が皆、その心づもりでいるらしいのを、大君はあまりのことと呆れていらっしゃる。こうした手狭な住いでは、身を隠すにも逃れる所さえもない、(親というしっかりした後見のない)情けないわが身の上なので、誰であれ先方がその気にさえなれば、何の邪魔物もなく、事が運んでしまうであろう、それこそ逃れようもないのだから――
では10/31に。
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(20)
薫の執拗さに困り果てて、大君はお心の中で、
「いかにもてなすべき身かは、一ところおはせましかば、ともかくも、さるべき人にあつかはれ奉りて、宿世といふなる方につけて、身を心ともせぬ世なれば、みな例のことにてこそは、人わらへなるとがをも隠すなれ」
――いったい自分はどうしたらよい身の上なのであろうか。父上、母上のどちらかお一人でも生きておられたなら、何とかしかるべき人のお世話になっていくのでしょうが……。例えば、運命とかいうことにまかせて、意のままにならない一生であっても、それはそれ、世間には良くある事として、外聞の悪い事は隠して繕っていくらしい――
「あるかぎりの人は年つもり、さかしげにおのがじしは思ひつつ、心をやりて、似つかはしげなる事をきこえ知らすれど、こははかばかしき事かは、人めかしからぬ心どもにて、ただ一方に言ふにこそは」
――(ところが)今いる侍女たちは皆、年老いていて、自分ではいかにも利口ぶって、心配りをしている風に、この縁談がいかにもお似合いであると知恵をつけるけれど、こんな事の運び方が、果たして折り目正しい縁組というのだろうか。分別もない老女たちの考えで、ただ一方的に騒ぎ立てているばかりではないか――
とお思いになりますので、侍女たちが寄ってたかってひき動かさんばかりに口々に申すのも、たいそう辛く厭わしくて、妙な生まれつきの我が身よ、と、全く乗り気におなりになれません。それなのに、侍女たちが、
「『例の色の御衣どもたてまつりかへよ』など、そそのかしきこえつつ、皆さる心すべかめるけしきを、あさましく、げに何の障りどころがはあらむ、程もなくて、かかる御すまひのかひなき、山なしの花ぞのがれむ方なかりける」
――「はやく喪服でない華やかなお召し物にお着替えください」などと、口々にそそのかします。皆が皆、その心づもりでいるらしいのを、大君はあまりのことと呆れていらっしゃる。こうした手狭な住いでは、身を隠すにも逃れる所さえもない、(親というしっかりした後見のない)情けないわが身の上なので、誰であれ先方がその気にさえなれば、何の邪魔物もなく、事が運んでしまうであろう、それこそ逃れようもないのだから――
では10/31に。