2012. 5/11 1105
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その13
「かたはらいたきまで、うちとけたることどもを言ひて、『宮の上こそ、いとめでたき御さいはひなれ。右の大殿の、さばかりめでたき御いきほひにて、いかめしうののしり給ふなれど、若君生まれ給ひてのちは、こよなくぞおはしますなる。かかるさかしら人どものおはせで、御心のどかに、かしこうもてなして、おはしますにこそはあめれ』と言ふ」
――聞いていて極り悪いほど内輪話をして、「中の君(匂宮の北の方)こそ、一番ご幸福でいらっしゃる。右大臣(夕霧)が、あれほど大したご威勢で匂宮のことを大騒ぎしておられるそうですが、若君がお生まれになってからは、中の君の方がずっと幅をきかせていらっしゃるそうですよ。中の君には、あの乳母のようなおせっかい者などおられず、のんびりと、聡明に振る舞っておいでだからでしょう」などと言っています――
「『殿だに、まめやかに思ひ聞こえ給ふこと変わらずば、おとりきこえ給ふべきことかは』と言ふを、君すこし起き上がりりて『いと聞きにくきこと。よその人にこそ、おとらじともいかにとも思はめ、かの御ことなかけても言ひそ。漏り聞ゆるやうもあらば、かたはらいたからむ』など言ふ」
――「殿さえ、お心を込めてのご愛情が変わらないのでしたら、浮舟様だって、中の君のご幸福にお負けになるはずがありましょうか」と言いますと(浮舟は)少し身を起して、「まあ、なんと聞き苦しいこと。他の人となら負けまいとも何とも考えて構いますまいが、中の君のことだけは間違っても口にしてはいけません。万が一、中の君のお耳にでも入りましたら、困った事になりましょう」などとおっしゃっています――
「何ばかりの親族にかはあらむ、いとよくも似通ひたるけはひかな、と思ひくらぶるに、心はづかしげにてあてなるところは、かれはいとこよなし。これはただらうたげにこまかなるところぞ、いとをかしき」
――(匂宮は)中の君とあの女とは一体どのような親類関係なのだろうか、実によく似通った感じだなあ、と、思い較べて御覧になるにつけても、こちらが気が退けるほど立派で高貴な点では、中の君は実に人並み以上だが、こちら(浮舟)は、ただ可憐で心遣いが濃やかなのが良い――
「よろしう、なりあはぬところを見つけたらむにてだに、さばかりゆかしと思ししめたる人を、それと見て、さてやみ給ふべき御心ならねば、ましてくまもなく見給ふに、いかでかこれをわがものにはなすべき、と、心もそらになり給ひて、なほまもり給へば」
――いい加減で、不完全な点を見つけたとしても、あれほど心惹かれて思い詰めた女を見出したからには、そのままお止めになるような御気質ではない匂宮ですし、この美しさを今残りなく御覧になっては、さて、どうすれば自分のものに出来ようかと、しきりに思い悩んでじっと見ていらっしゃると――
「『いとねぶたし。昨夜もすずろに起きあかしてき。つとめての程にも、これは縫ひてむ。いそがせ給ふとも、御車は日たけてぞあらむ』と言ひて、しさしたるものどもとり具して、几帳にうちかけなどしつつ、うたた寝のさまに寄り臥しぬ。君もすこし奥に入りて臥す。右近は北面に行きて、しばしありてぞ来たる。君のあと近く臥しぬ」
――(右近が)「まあ、何と眠いことでしょう。昨夜もついに夜あかしをしてしまいました。明日の朝早いうちに、これは縫うことにしましょう。どんなにお急ぎになっても、お迎えの車が来るのは、日が高くなってからでしょうから」と言って、縫いかけの衣裳を取りまとめ、几帳に掛けたりして、うたた寝のような格好で寝てしまいました。浮舟も少し奥の部屋に入ってお寝みになります。右近はまた起き出して北面へ行き、しばらくすると戻ってきて、浮舟の足元近くで横になって寝てしまいました――
では5/13に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その13
「かたはらいたきまで、うちとけたることどもを言ひて、『宮の上こそ、いとめでたき御さいはひなれ。右の大殿の、さばかりめでたき御いきほひにて、いかめしうののしり給ふなれど、若君生まれ給ひてのちは、こよなくぞおはしますなる。かかるさかしら人どものおはせで、御心のどかに、かしこうもてなして、おはしますにこそはあめれ』と言ふ」
――聞いていて極り悪いほど内輪話をして、「中の君(匂宮の北の方)こそ、一番ご幸福でいらっしゃる。右大臣(夕霧)が、あれほど大したご威勢で匂宮のことを大騒ぎしておられるそうですが、若君がお生まれになってからは、中の君の方がずっと幅をきかせていらっしゃるそうですよ。中の君には、あの乳母のようなおせっかい者などおられず、のんびりと、聡明に振る舞っておいでだからでしょう」などと言っています――
「『殿だに、まめやかに思ひ聞こえ給ふこと変わらずば、おとりきこえ給ふべきことかは』と言ふを、君すこし起き上がりりて『いと聞きにくきこと。よその人にこそ、おとらじともいかにとも思はめ、かの御ことなかけても言ひそ。漏り聞ゆるやうもあらば、かたはらいたからむ』など言ふ」
――「殿さえ、お心を込めてのご愛情が変わらないのでしたら、浮舟様だって、中の君のご幸福にお負けになるはずがありましょうか」と言いますと(浮舟は)少し身を起して、「まあ、なんと聞き苦しいこと。他の人となら負けまいとも何とも考えて構いますまいが、中の君のことだけは間違っても口にしてはいけません。万が一、中の君のお耳にでも入りましたら、困った事になりましょう」などとおっしゃっています――
「何ばかりの親族にかはあらむ、いとよくも似通ひたるけはひかな、と思ひくらぶるに、心はづかしげにてあてなるところは、かれはいとこよなし。これはただらうたげにこまかなるところぞ、いとをかしき」
――(匂宮は)中の君とあの女とは一体どのような親類関係なのだろうか、実によく似通った感じだなあ、と、思い較べて御覧になるにつけても、こちらが気が退けるほど立派で高貴な点では、中の君は実に人並み以上だが、こちら(浮舟)は、ただ可憐で心遣いが濃やかなのが良い――
「よろしう、なりあはぬところを見つけたらむにてだに、さばかりゆかしと思ししめたる人を、それと見て、さてやみ給ふべき御心ならねば、ましてくまもなく見給ふに、いかでかこれをわがものにはなすべき、と、心もそらになり給ひて、なほまもり給へば」
――いい加減で、不完全な点を見つけたとしても、あれほど心惹かれて思い詰めた女を見出したからには、そのままお止めになるような御気質ではない匂宮ですし、この美しさを今残りなく御覧になっては、さて、どうすれば自分のものに出来ようかと、しきりに思い悩んでじっと見ていらっしゃると――
「『いとねぶたし。昨夜もすずろに起きあかしてき。つとめての程にも、これは縫ひてむ。いそがせ給ふとも、御車は日たけてぞあらむ』と言ひて、しさしたるものどもとり具して、几帳にうちかけなどしつつ、うたた寝のさまに寄り臥しぬ。君もすこし奥に入りて臥す。右近は北面に行きて、しばしありてぞ来たる。君のあと近く臥しぬ」
――(右近が)「まあ、何と眠いことでしょう。昨夜もついに夜あかしをしてしまいました。明日の朝早いうちに、これは縫うことにしましょう。どんなにお急ぎになっても、お迎えの車が来るのは、日が高くなってからでしょうから」と言って、縫いかけの衣裳を取りまとめ、几帳に掛けたりして、うたた寝のような格好で寝てしまいました。浮舟も少し奥の部屋に入ってお寝みになります。右近はまた起き出して北面へ行き、しばらくすると戻ってきて、浮舟の足元近くで横になって寝てしまいました――
では5/13に。