永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1109)

2012年05月19日 | Weblog
2012. 5/19    1109

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その17

「およずけても言ふかな、と思して、『われは月ごろもの思ひつるに、ほれ果てにければ、人のもどかむも言はむも知られず、ひたぶるに思ひなりにたり。すこしも身のことを思ひはばからむ人の、かかるありきは思ひ立ちなむや。御かへりには、今日は物忌など言へかし。人に知らるまじきことを、誰がためにも思へかし。こと事はかひなし』とのたまひて、この人の、世に知らずあはれに思さるるままに、よろづのそしりも忘れ給ひぬべし」
――(匂宮は)偉そうに指図がましく言うものだ、とお思いになって、「自分は長いこと浮舟を思い続けたので、すっかりぼけてしまったから、人が非難しようと何と言おうと、一途な気持ちになってしまっているのだ。少しでもわが身のことを考えるなら、こんな危険な出歩きを思い立つだろうか。母君への返事には、今日は物忌だとでも言って置くが良い。人に気付かれないような注意を、浮舟のためにも私のためにもしてくれ。今の私には何を言っても無駄だ」とおっしゃって、浮舟をたとえようもなく可愛くお思いになって、すべての非難などお忘れになってしまうにちがいないご様子です――

 右近が出て来て、お帰りを促す供人の内記に、

「『かくなむのたまはするを、なほいとかたはならむ、とを申させ給へ。あさましうめづらかなる御ありさまは、さ思し召すとも、かかる御供人どもの御心にこそあらめ。いかで、かう心をさなうは率てたてまつり給ふこそ。なめげなることを聞こえさする、山がつなども侍らましかば、いかならまし』と言ふ。内記は、げにいとわづらはしくもあるかな、と思ひ立てり」
――「宮様はこのようにおっしゃるのですが、いくら何でもそれではあまりにも見ぐるしいことでしょうと、そのように貴方からも申し上げてください。尋常でない変わったお振舞いは、たとえ宮様としてはそうお望みでも、そこはお供の方々の心ひとつで、どうにでもなることではございませんか。なぜこうも考え無しにお連れ申しなどなさったのですか。無礼なことを申し上げる田舎者でもおりましたなら、どんなことになったでしょう」といいます。内記はまことに困った事だと思いながら立っています――

「『時方と仰せらるるは、誰にか。さなむ』と伝ふ。笑ひて、『勘へ給ふことどもの恐ろしければ、さらずとも逃げてまかでぬべし。まめやかには、おろかならぬ御けしきを見たてまつれば、誰も誰も身を棄ててなむ。よしよし、宿直人も皆起きぬなり』とていそぎ出でぬ」
――(右近が)「時方とおおせられますのはどなたですか。宮様がこうおっしゃっていますが…」と伝えますと、時方は苦笑いをして「あなたのお叱りが怖いので、宮様の仰せがなくても逃げて帰りましょう。実を申しますと、宮様の並々ならぬご執心のほどを拝しまして、私どもは皆命がけでお供をして参ったのでございます。まあまあ宿直人もみなお起てきたようですから」と言って急いで出ていきます――

「右近、人に知らすまじうはいかがはたばかるべき、と、わりなう覚ゆ」
――右近は、誰にも知らせないためには、どう謀ったらよいものかと難儀におもうのでした――

では5/21に。