永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1113)

2012年05月27日 | Weblog
2012. 5/27    1113

五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その21

「硯ひきよせて、手習ひなどし給ふ。いとをかしげに書きすさび、絵などを見どころ多く書き給へれば、若き心地には、思ひも移りぬべし。『心よりほかに、え見ざらむ程は、これを見給へよ』とて、いとをかしげなる男女、もろともに添ひ臥したる書をかき給ひて、『常にかくてあらばや』などのたまふも、涙落ちぬ」
――(匂宮は)硯を引き寄せて、なにやらお書きになっておられ、興にのって大そう見事に字などをお書きになり、絵も上手にお描きになりますので、若い浮舟の女ごころには、きっと匂宮に愛情が移る筈でしょう。匂宮が「心ならずも私が逢いに来られないときは、これを見ていらっしゃい」といって、非常に美しい男女が寄り添って臥している絵をお描きになって、「いつもこうしていられたら」などと仰るにつけても、涙がこぼれ落ちるのでした――

「『長き夜をたのめてもなほかなしきはただ明日知らぬ命なりけり』いとかう思ふこそゆゆしけれ。心に身をもさらにえまかせず、よろづにたばからむ程、まことに死ぬべくなむ覚ゆる。つらかりし御ありさまを、なかなか何にたづね出でけむ、などのたまふ」

――匂宮は歌で、「未来永劫変わることはないと約束してもなお悲しいのは、ただ明日知れぬはかない命だから」まったくこのような事を思うとは、縁起でもないこと。私は思いのままに行動できない身の上で、あれこれとあなたに逢うために工夫をしなければならない。そのようなことをしている間に、事実死んでしまいそうな気がきてならないのです。二条院であれほど冷たかったあなたなのに、どうしてなまじ探しだしたりしたのだろう、などとおっしゃる――

「女、濡らし給へる筆を取りて、『心をばなげかざらまし命のみさだめなき世とおもはましかば』とあるを、変わむをばうらめしう思ふべかりけり、と見給ふにも、いとらうたし」
――女(浮舟)は、匂宮が墨を含ませてくださった筆を取って、「命だけが定めないものでしたら、男ごころの定めなさを悲しんだりしないで済むでしょうに」と書いたのを、匂宮は心変わりするのを恨めしく思う、と言っているのだと御覧になって、ますます愛おしくなるのでした――

「『いかなる人の心がはりを見ならひて』など、ほほ笑みて、大将のここにわたしはじめ給ひけむ程を、かへすがへすゆかしがり給ひて、向かひ給ふを、苦しがりて、『え言はぬことを、かうのたまふこそ』とうち怨じたるさまも、若びたり。おのづからそれは聞き出でてむ、と思すものから、言はせまほしきぞわりなきや」
――匂宮は「いったい誰の心変わりを見て言うのですか」などと微笑んで、薫大将がはじめてこの隠れ家に浮舟を移された時のことを、しきりに知りたそうにお訊ねになりますが、浮舟は辛そうに、「申し上げにくいことを、どうしてそのようにお聞きになるのでしょう」と恨みごとを言う様子も、あどけない。いずれは聞き出せる筈だとお思いになるにつけても、どうしても言わせたくてたまらないのは困ったご性分ですこと――

では5/29に。