2012. 5/29 1114
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その22
「夜さり、京へつかはしつる大夫参りて、右近に逢ひたり。后の宮よりも御使参りて、右の大殿もむつかりきこえさせ給ひて、『人に知られさせ給はぬ御ありきは、いと軽々しくなめげなることもあるを、すべて、内裏などに聞こし召さむことも、身のためなむいとからき』と、いみじく申させ給ひけり」
――夜になりましてから、京へ遣わした大夫の時方が戻ってきて、右近に会い、中宮様(明石中宮=匂宮の母君)からも、匂宮のお留守宅に御使いがありまして、「左大臣様もご機嫌を損なわれて、誰にも知らせないお忍び歩きは、ご身分柄まことに軽々しく、何かと無礼なことも起こりがちですのに、帝がお聞きつけにでもなりましたら、私の立場もありません」ときついお叱りでした――
「『東山に聖御覧じに、となむ、人にはものし侍りつる』など語りて、『女こそ罪深うおはするもににはあれ。すずろなるけそうの人をさへ惑はし給ひて、そらごとをさへせさせ給ふよ』と言へば」
――(時方が)「宮様は、東山に聖に会いに行かれました、と人にはそう言っておきました」などと言って、「女君というものは罪深くいらっしゃいますね。何でもない家来の我々まで、まごつかせて、嘘までおつかせになるのですから」と言いますと――
右近は、
「『聖の名をさへつけきこえさせ給ひてければ、いとよし。わたくしの罪も、それにてほろぼし給ふらむ。まことに、いとあやしき御心の、げにいかでならはせ給ひけむ。かねてかうおはしますべし、とうけたまはらましにも、いとかたじけなければ、たばかりきこえさせてましものを、奥なき御ありきにこそは』とあつかひきこゆ」
――「浮舟に『聖』の名までおつけ申されたからには、もう安心です。あなた個人の嘘つきの罪もそれで消えたことでしょう。それにしても、匂宮様はどうしてこんな妙な御癖があおりなのでしょう。前もってこうしてお越しになると承っておりましたなら、畏れ多いことでございますから、何とかうまく取り計らって差し上げましたものを、ほんとうに軽々しいお出歩きでございますこと」と、おせっかいを申し上げます――
では5/31に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その22
「夜さり、京へつかはしつる大夫参りて、右近に逢ひたり。后の宮よりも御使参りて、右の大殿もむつかりきこえさせ給ひて、『人に知られさせ給はぬ御ありきは、いと軽々しくなめげなることもあるを、すべて、内裏などに聞こし召さむことも、身のためなむいとからき』と、いみじく申させ給ひけり」
――夜になりましてから、京へ遣わした大夫の時方が戻ってきて、右近に会い、中宮様(明石中宮=匂宮の母君)からも、匂宮のお留守宅に御使いがありまして、「左大臣様もご機嫌を損なわれて、誰にも知らせないお忍び歩きは、ご身分柄まことに軽々しく、何かと無礼なことも起こりがちですのに、帝がお聞きつけにでもなりましたら、私の立場もありません」ときついお叱りでした――
「『東山に聖御覧じに、となむ、人にはものし侍りつる』など語りて、『女こそ罪深うおはするもににはあれ。すずろなるけそうの人をさへ惑はし給ひて、そらごとをさへせさせ給ふよ』と言へば」
――(時方が)「宮様は、東山に聖に会いに行かれました、と人にはそう言っておきました」などと言って、「女君というものは罪深くいらっしゃいますね。何でもない家来の我々まで、まごつかせて、嘘までおつかせになるのですから」と言いますと――
右近は、
「『聖の名をさへつけきこえさせ給ひてければ、いとよし。わたくしの罪も、それにてほろぼし給ふらむ。まことに、いとあやしき御心の、げにいかでならはせ給ひけむ。かねてかうおはしますべし、とうけたまはらましにも、いとかたじけなければ、たばかりきこえさせてましものを、奥なき御ありきにこそは』とあつかひきこゆ」
――「浮舟に『聖』の名までおつけ申されたからには、もう安心です。あなた個人の嘘つきの罪もそれで消えたことでしょう。それにしても、匂宮様はどうしてこんな妙な御癖があおりなのでしょう。前もってこうしてお越しになると承っておりましたなら、畏れ多いことでございますから、何とかうまく取り計らって差し上げましたものを、ほんとうに軽々しいお出歩きでございますこと」と、おせっかいを申し上げます――
では5/31に。