2012. 9/15 1154
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その62
「宮、かくのみ、なほうけひくけしきもなくて、かへりごとさへたえだえになるは、かの人の、あるべきさまに言ひしたためて、すこし心やすかるべき方に思ひさだまりぬるなめり、ことわり、と思すものから、いとくちをしくねたく、さりともわれをばあはれと思ひたりしものを、あひ見ぬとだえに、人々の言ひ知らする方によるならむかし、などながめ給ふに、行く方知らず、むなしき空にみちぬる心地し給へば、例の、いみじく思し立ちておはしましぬ」
――匂宮は、このように浮舟がやはり承諾する風もなく、返事さえ途絶えがちなのは、あの薫が尤もらしく説き聞かせて、多少とも無理がなさそうな方に附く決心をしたのだろう。それも当然だ、とは思うものの、口惜しく妬ましく、それにしてもあんな風に浮舟が自分を慕わしそうにしていたのに、しばらく逢わないでいるうちに、女房たちが何やかやと入れ知恵をする方に傾くのだろうよ、などと物思いに沈んでいらっしゃると、恋の思いは晴らすべくもなく空に満ちる心地がして、例のとおり一大決心をされて、宇治へ赴かれました――
「葦垣のかたを見るに、例ならず、『あれは誰そ』といふ声々、いざとげなり。立ち退きて、心知りの男を入れたれば、それをさへ問ふ。前々のけはひにも似ず。わづらはしくて、『京よりとみの御文あるなり』と言ふ」
――時方が、まず例の葦垣の方に近づいてみますと、いつになく警戒が厳重で、「誰だ」という声がして、見張りの者がすぐに目を覚ますらしい。引き返してきて、この邸の勝手知ったる下男を遣わしたところ、その男さえも詰問します。以前の様子と違って居ますのを面倒なことと思い、男は、「京の母君から急用のお手紙です」と言います――
「右近が従者の名を呼びて合いたり。いとわづらはしく、いとど覚ゆ。『さらに、今宵は不用なり。いみじくかたじけなきこと』と言はせたり」
――そして、男は右近の召使を呼んで、その人に会いました。右近はまったく厄介なことだと思い、「どうしても今宵は駄目でございます。たいそう勿体ないことに存じますが」と召使に言わせます――
「宮、などかくても離るらむ、と思すに、わりなくて、『先づ時方入りて、侍従に合ひて、さるべきさまにたばかれ』とてつかはす。かどかどしき人にて、とかく言ひ構へて、たづねて逢ひたり」
――匂宮は、なぜこう自分を遠ざけるのかとお思いになりますと、たまらなくなって、「まず、時方が入って、侍従に会って、何とかうまく取り計らえ」と仰って、お遣わしになります。時方は気の利く男なので、上手く口実をもうけて、侍従を尋ね出して会います――
では9/17に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その62
「宮、かくのみ、なほうけひくけしきもなくて、かへりごとさへたえだえになるは、かの人の、あるべきさまに言ひしたためて、すこし心やすかるべき方に思ひさだまりぬるなめり、ことわり、と思すものから、いとくちをしくねたく、さりともわれをばあはれと思ひたりしものを、あひ見ぬとだえに、人々の言ひ知らする方によるならむかし、などながめ給ふに、行く方知らず、むなしき空にみちぬる心地し給へば、例の、いみじく思し立ちておはしましぬ」
――匂宮は、このように浮舟がやはり承諾する風もなく、返事さえ途絶えがちなのは、あの薫が尤もらしく説き聞かせて、多少とも無理がなさそうな方に附く決心をしたのだろう。それも当然だ、とは思うものの、口惜しく妬ましく、それにしてもあんな風に浮舟が自分を慕わしそうにしていたのに、しばらく逢わないでいるうちに、女房たちが何やかやと入れ知恵をする方に傾くのだろうよ、などと物思いに沈んでいらっしゃると、恋の思いは晴らすべくもなく空に満ちる心地がして、例のとおり一大決心をされて、宇治へ赴かれました――
「葦垣のかたを見るに、例ならず、『あれは誰そ』といふ声々、いざとげなり。立ち退きて、心知りの男を入れたれば、それをさへ問ふ。前々のけはひにも似ず。わづらはしくて、『京よりとみの御文あるなり』と言ふ」
――時方が、まず例の葦垣の方に近づいてみますと、いつになく警戒が厳重で、「誰だ」という声がして、見張りの者がすぐに目を覚ますらしい。引き返してきて、この邸の勝手知ったる下男を遣わしたところ、その男さえも詰問します。以前の様子と違って居ますのを面倒なことと思い、男は、「京の母君から急用のお手紙です」と言います――
「右近が従者の名を呼びて合いたり。いとわづらはしく、いとど覚ゆ。『さらに、今宵は不用なり。いみじくかたじけなきこと』と言はせたり」
――そして、男は右近の召使を呼んで、その人に会いました。右近はまったく厄介なことだと思い、「どうしても今宵は駄目でございます。たいそう勿体ないことに存じますが」と召使に言わせます――
「宮、などかくても離るらむ、と思すに、わりなくて、『先づ時方入りて、侍従に合ひて、さるべきさまにたばかれ』とてつかはす。かどかどしき人にて、とかく言ひ構へて、たづねて逢ひたり」
――匂宮は、なぜこう自分を遠ざけるのかとお思いになりますと、たまらなくなって、「まず、時方が入って、侍従に会って、何とかうまく取り計らえ」と仰って、お遣わしになります。時方は気の利く男なので、上手く口実をもうけて、侍従を尋ね出して会います――
では9/17に。