2012. 9/17 1155
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その63
「『いかなるにかあらむ、かの殿ののたまはすることありとて、宿直にある者どもの、さかしがりだちたるころにて、いとわりなきなり。御前にも、物をのみいみじく思しためるは、かかる御ことのかたじけなきを、思し乱るるにこそ、と、心苦しくなむ見たてまつる。さらに、今宵は、人けしき見侍りなば、なかなかにいとあしかりなむ。やがて、さも御心づかひさせせ給ひつべからむ夜、ここにも人知れず思ひ構へてなむ、聞えさすべかめる』乳母のいざときことなども語る」
――(侍従は)「いったいどうしたことでございましょうか。薫の君のご命令があったとかで、夜番の者どもが得意顔で振る舞っている最中なので、とても具合が悪いのです。姫君もひどくお心を痛めておいでらしいのは、このようにお出でくださっても、お目にかかれないままお帰し申すのを、勿体ないとお思いになって、お悩みになるのだと、おいたわしく存じます。どうも今夜は、万一訪問者のけはいを宿直どもが気づきでもしては、却って具合の悪い事になりましょう。いずれ、京へお迎えいただきます夜は、私のほうでも密かにその心構えをいたしまして、お知らせ申すことと致しましょう」と、乳母が目を覚ましやすいので、油断がならないことなども話して聞かせます――
「大夫、『おはします道の、おぼろげならず、あながちなる御けしきに、あへなく聞こえさせむなむ、たいだいしき。さらば、いざ給へ。とにもくはしく聞こえさせ給へ』といざなふ。『いとわりなからむ』と言ひしろふ程に、夜もいたく更けゆく」
――大夫時方は、「宮がこちらへいらっしゃるまでの、一通りでないご執心に対して、このような甲斐のないお返事を申し上げるのは、私にはできません。では、さあ来てください。一緒に委しくご説明してください」と誘いますが、「それはご無理というものでしょう」と言い争いをしているうちに、夜も大そう更けて行くのでした――
「宮は、御馬にてすこし遠く立ち給へるに、鄙びたる声したる犬どもの出で来てののしるも、いとおそろしく、人ずくなに、いとあやしき御ありきなれば、すずろならむものの走り出で来たらむも、いかさまに、と、さぶらふかぎり心をぞまどはしける。『なほとくとく参りなむ』と言ひさわがして、この侍従を率て参る」
――匂宮は御馬に召したまま、少し遠く離れたところにお立ちになっています。田舎びた声をした犬が出て来て吠えたてるのも、まことに恐ろしい。供人も少なく、ひどく身をやつしてのお忍び歩きですので、怪しげな者が走り出して来たらどうしようかと、お供の者は皆困惑するのでした。時方が「まあ、とにかく早く御前に参ろう」と急きたてて、この侍従を連れて時方がやってきました――
では9/19に。
五十一帖 【浮舟(うきふね)の巻】 その63
「『いかなるにかあらむ、かの殿ののたまはすることありとて、宿直にある者どもの、さかしがりだちたるころにて、いとわりなきなり。御前にも、物をのみいみじく思しためるは、かかる御ことのかたじけなきを、思し乱るるにこそ、と、心苦しくなむ見たてまつる。さらに、今宵は、人けしき見侍りなば、なかなかにいとあしかりなむ。やがて、さも御心づかひさせせ給ひつべからむ夜、ここにも人知れず思ひ構へてなむ、聞えさすべかめる』乳母のいざときことなども語る」
――(侍従は)「いったいどうしたことでございましょうか。薫の君のご命令があったとかで、夜番の者どもが得意顔で振る舞っている最中なので、とても具合が悪いのです。姫君もひどくお心を痛めておいでらしいのは、このようにお出でくださっても、お目にかかれないままお帰し申すのを、勿体ないとお思いになって、お悩みになるのだと、おいたわしく存じます。どうも今夜は、万一訪問者のけはいを宿直どもが気づきでもしては、却って具合の悪い事になりましょう。いずれ、京へお迎えいただきます夜は、私のほうでも密かにその心構えをいたしまして、お知らせ申すことと致しましょう」と、乳母が目を覚ましやすいので、油断がならないことなども話して聞かせます――
「大夫、『おはします道の、おぼろげならず、あながちなる御けしきに、あへなく聞こえさせむなむ、たいだいしき。さらば、いざ給へ。とにもくはしく聞こえさせ給へ』といざなふ。『いとわりなからむ』と言ひしろふ程に、夜もいたく更けゆく」
――大夫時方は、「宮がこちらへいらっしゃるまでの、一通りでないご執心に対して、このような甲斐のないお返事を申し上げるのは、私にはできません。では、さあ来てください。一緒に委しくご説明してください」と誘いますが、「それはご無理というものでしょう」と言い争いをしているうちに、夜も大そう更けて行くのでした――
「宮は、御馬にてすこし遠く立ち給へるに、鄙びたる声したる犬どもの出で来てののしるも、いとおそろしく、人ずくなに、いとあやしき御ありきなれば、すずろならむものの走り出で来たらむも、いかさまに、と、さぶらふかぎり心をぞまどはしける。『なほとくとく参りなむ』と言ひさわがして、この侍従を率て参る」
――匂宮は御馬に召したまま、少し遠く離れたところにお立ちになっています。田舎びた声をした犬が出て来て吠えたてるのも、まことに恐ろしい。供人も少なく、ひどく身をやつしてのお忍び歩きですので、怪しげな者が走り出して来たらどうしようかと、お供の者は皆困惑するのでした。時方が「まあ、とにかく早く御前に参ろう」と急きたてて、この侍従を連れて時方がやってきました――
では9/19に。