永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(1191)

2012年12月15日 | Weblog
2012. 12/15    1191

五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その31

「五日といふ朝座に果てて、御堂の飾り取り除け、御しつらひ改むるに、北の廂も、障子ども放ちたりしかば、皆入り立ちてつくろふ程、西の渡殿に姫君おはしましけり。もの聞き困うじて、女房もおのおの局にありつつ、御前はいと人少ななる夕暮に、大将殿直衣着かへて、今日まかづる僧の中に、必ずのたまふべきことあるにより、釣殿の方におはしたるに、皆まかでぬれば、池の方にすずみ給ひて、人少ななるに、かくいふ宰相の君など、かりそめに几帳などばかりへだてて、うちやすむ上局にしたり」
――五日目の朝の講座に結願となり、御堂のお飾りを取り除けたり、お部屋の模様替えをするために、寝殿の北の廂の間も障子が取り払ってありましたので、人々が立ち入って部屋を整えている間、姫君(女一の宮)が西の渡殿においでになりました。女房達も八講の聴聞に疲れて、めいめい局で休息しており、その姫君のお側にはお仕えする人も少ない夕暮でした。薫は直衣に着替えて、今日退出する僧侶の中に、ぜひ話をしなければならなぬ者がいるので、釣殿の方にお出でになったのですが、皆もう退出してしまった後なので、池の方で涼んでおいでになります。そこは人も少なく、あの小宰相などがほんの形ばかり几帳を間仕切りにして休息に当てる、上局に設えてありました――

「ここにやあらむ、人の衣の音す、と思して、馬道の方の障子の細くあきたるより、やをら見給へば、例さやうの人の居たるけはひには似ず、はればれしくしつらひたれば、なかなか、几帳どもの立ちちがへたるあはひより見通されて、あらはなり」
――(薫は)小宰相の君はここに居るのかな、誰かの衣ずれの音がするとお思いになって、馬道(めどう)の方の障子の細目に開いてあるところから、そっと覗いてご覧になりますと、いつものような小宰相などが居る時とは違って、さっぱりと辺りが取り片付けてありますので、却って、几帳などの立て違えてある間から見通しがきいて、すっかり奥の方まで顕わになっています――

「氷をものの蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ、人々、大人三人ばかり、童と居たり。唐衣も汗袗も着ず、皆打ち解けたれば、御前とは見給はぬに、白きうすものの御衣着給へる人の、手に氷を持ちながら、かくあらそふをすこし笑み給へる、御顔いはむかたなくうつくしげなり」
――氷を何かの蓋の上に載せて割るのだと言って騒いでいる人々は、女房三人ばかりと童で、唐衣(からころも)も汗袗(かざみ)も着けないで、皆くつろいで様子です。薫はその様子にまさか姫君(女一の宮)の御前とはお思いにならなかったのですが、白い羅(うすもの)の御衣にお着替えになった御方が、手に氷をお持ちのまま、皆の騒いでいるのをほほ笑みながら見ていらっしゃる。その御顔が言いようもなくお美しい――

「いと暑さの堪へがたき日なれば、こちたき御髪の、苦しう思さるるにやあらむ、すこしこなたに靡かして弾かれたる程、たとへむものなし。こころよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけり、と覚ゆ」
――たいそう暑く堪え難いですので、ふさふさとゆたかな御髪が鬱陶しいのでしょう、少しこちらに片寄せて靡かせていらっしゃるご様子は、たとえようもなくお美しい。今まで随分美しい人を見てきたが、誰もこの方に似通った人は居そうもないと、薫は思っていらっしゃる――

◆上局(うえつぼね)=御前に伺候した場合の局(つぼね)

◆馬道(めどう)の方=殿内に設けてある土間の通路

では12/17に。