2012. 12/25 1196
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その36
「『かれよりはいかでかは。もとよりかずまへさせ給はざらむをも、かく親しくてさぶらふべきゆかりに寄せて、思しかずまへさせ給はむこそ、うれしく侍るべけれ。ましてさも聞え馴れ給ひにけむを、今棄てさせ給はむは、からきことに侍り』と啓し給ふを、すきばみたるけしきあるか、とは、思しかけざりけり」
――(薫は)「女二の宮からは何で遠慮なさいましょう。もともと貴女様が重んじておられない女二の宮でも、こうして親しくお仕えすべき私の縁故で重んじてくださいますならば、それこそ嬉しゅうございます。まして、御所にいられた時は、あのように親しくしておいでになりましたのを、今になってお見棄てになっては、辛い事でございます」と、申し上げますのを、中宮は、好色めいた下心があってのこととは、お気づきにならない――
「立ちいでて、一夜の志の人にあはむ、ありし渡殿もなぐさめに見むかし、と思して、御前をあゆみわたりて、西ざまにおはするを、御簾のうちの人々心ことに用意す。げにいと様よくかぎりなきもてなしに、渡殿の方は、右の大殿の君たちなど居て、もの言ふけはひすれば、妻戸の前に居給ひて、」
――薫は中宮の許をお立ちいでになり、先夜歌を詠み交わした小宰相の君に逢いたいものだ、女一の宮を垣間見たあの渡殿でも、せめて慰めに見たいものとお思いになって、中宮御殿のお庭をお通りになり、西の方にお出でになりますと、御簾の内で女房達は格別に心用意をしています。薫はまことにご容姿も、御物腰もこの上ない立派さです。ここには左大臣家の公達などが居て、何やら話をしている様子なので、妻戸の前にお座りになって――
「『おほかたには参りながら、この御方の見参に入ること難く侍れば、いとおぼえなく、翁び果てにたる心地しはべるを、今よりは、と思ひおこし侍りてなむ。ありつかず、と若き人どもぞ思ふらむかし』と甥の君たちの方を見やり給ふ」
――(薫が)「普段よく参上しながら、こちらの皆様にお目にかかることはめったにありませんので、実に心にもなく年寄りじみてしまった気がいたしますのですが、今日からはと思い立ちました。私のような者が不似合いな、と若い方々がお思いになるでしょう」と、甥(夕霧の子息たち)の公達の方をご覧になります――
「『今よりならはせ給ふこそ、げに若くならせ給ふならめ』など、はかなきことを言ふ人々のけはひにも、あやしうみやびかにをかしき御方のありさまにぞある。そのこととなけれど、世の中の物語などしつつ、しめやかに、例よりは居給へり」
――(侍女が)「今からお馴染になりましたならば、ほんとうにお若くおなりでしょう」などと、
冗談めいたことを言う様子も、ここは不思議なまでに優雅な風情のあるご様子です。別に何の用事があるというのでもなく、世間話などをなさりながら、いつもよりしんみりとしておいでになります――
では12/27に。
五十二帖 【蜻蛉(かげろう)の巻】 その36
「『かれよりはいかでかは。もとよりかずまへさせ給はざらむをも、かく親しくてさぶらふべきゆかりに寄せて、思しかずまへさせ給はむこそ、うれしく侍るべけれ。ましてさも聞え馴れ給ひにけむを、今棄てさせ給はむは、からきことに侍り』と啓し給ふを、すきばみたるけしきあるか、とは、思しかけざりけり」
――(薫は)「女二の宮からは何で遠慮なさいましょう。もともと貴女様が重んじておられない女二の宮でも、こうして親しくお仕えすべき私の縁故で重んじてくださいますならば、それこそ嬉しゅうございます。まして、御所にいられた時は、あのように親しくしておいでになりましたのを、今になってお見棄てになっては、辛い事でございます」と、申し上げますのを、中宮は、好色めいた下心があってのこととは、お気づきにならない――
「立ちいでて、一夜の志の人にあはむ、ありし渡殿もなぐさめに見むかし、と思して、御前をあゆみわたりて、西ざまにおはするを、御簾のうちの人々心ことに用意す。げにいと様よくかぎりなきもてなしに、渡殿の方は、右の大殿の君たちなど居て、もの言ふけはひすれば、妻戸の前に居給ひて、」
――薫は中宮の許をお立ちいでになり、先夜歌を詠み交わした小宰相の君に逢いたいものだ、女一の宮を垣間見たあの渡殿でも、せめて慰めに見たいものとお思いになって、中宮御殿のお庭をお通りになり、西の方にお出でになりますと、御簾の内で女房達は格別に心用意をしています。薫はまことにご容姿も、御物腰もこの上ない立派さです。ここには左大臣家の公達などが居て、何やら話をしている様子なので、妻戸の前にお座りになって――
「『おほかたには参りながら、この御方の見参に入ること難く侍れば、いとおぼえなく、翁び果てにたる心地しはべるを、今よりは、と思ひおこし侍りてなむ。ありつかず、と若き人どもぞ思ふらむかし』と甥の君たちの方を見やり給ふ」
――(薫が)「普段よく参上しながら、こちらの皆様にお目にかかることはめったにありませんので、実に心にもなく年寄りじみてしまった気がいたしますのですが、今日からはと思い立ちました。私のような者が不似合いな、と若い方々がお思いになるでしょう」と、甥(夕霧の子息たち)の公達の方をご覧になります――
「『今よりならはせ給ふこそ、げに若くならせ給ふならめ』など、はかなきことを言ふ人々のけはひにも、あやしうみやびかにをかしき御方のありさまにぞある。そのこととなけれど、世の中の物語などしつつ、しめやかに、例よりは居給へり」
――(侍女が)「今からお馴染になりましたならば、ほんとうにお若くおなりでしょう」などと、
冗談めいたことを言う様子も、ここは不思議なまでに優雅な風情のあるご様子です。別に何の用事があるというのでもなく、世間話などをなさりながら、いつもよりしんみりとしておいでになります――
では12/27に。