永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(91)その1 その2

2018年10月01日 | 枕草子を読んできて
七八   うち局は   (91) その1  2018.10.1

 うち局は、細殿いみじうをかし。かみの小蔀上げたれば、風いみじう吹き入れて、夏もいと涼し。冬は雪、霰などの、風にたぐひて吹き入りたるも、いとをかし。せばくて、童べなどののぼりゐたるもあしければ、屏風のうしろなどに隠しすゑたれば、こと所の局のやうに、声高くえ笑ひなどもせで、いとよし。昼などもたゆまず心づかひせらる。夜はたまして、いささかうち解くべくもなきが、をかしきなり。
◆◆宮中の局は、細殿がたいへんおもしろい。上の方の小蔀を上げてあるので、風がひどく吹き込んで、夏もとても涼しい。冬は雪、霰などが、風と一緒に吹き入れてくるのもたいへんおもしろい。部屋が狭くて、童などがのぼって座っているのも具合悪いので、屏風の後ろなどに隠しておくと、宮中の他の場所の局のように、声高く笑いなどもすることができないで、たいへんよい。昼なども油断せず自然気をつけずにはいられない。夜はなお少しも気をゆるせないのがおもしろいのだ。◆◆

■うち局=宮中の女房の局(つぼね)
■細殿(ほそどの)=簀子に沿った廂の間を区切って局としたもの。ここは登華殿の西廂の細殿であろう。
■童べなども……=女童などが上がった場合は狭すぎて具合悪い意か。また一説、自分の実家から来た子供などで、上がっているのは、規則上よくない。



 沓の音の夜一夜聞ゆるがとまりて、ただ指一つ一つしてたたくが、その人なンなりと、ふと知らるるこそをかしけれ。いと久しくたたくに、音せねば、寝入りにけるとや思ふらむねたく、すこし身じろぐ音、衣のけはひも、さなンなりと思ふらむかし。扇など使ふもしるし。冬は火桶にやをら立つる火箸の音も、しのびたれど聞ゆるを、いとどたたきまさり、声にても言ふに、陰ながらすべり寄りて聞くをりもあり。
◆◆局の前を通る殿上人などの沓の音が夜通し聞こえるのが、ふと止まって、ただ指一本ずつだけで戸をたたくのが、「どうやらその人(恋人)であるようだ」と、自然にふっとわかるのがおもしろい。たいへん長く叩くのに、内では音がしないので、「もう寝てしまったのか」とその男が思っているだろうことが癪なので、こちらが少し身じろぐ音や、衣ずれの気配をさせるのにも、男は、「どうやらまだ起きているようだ」ときっと思っていることだろう。
外で扇などを使う音もはっきりきこえる。内で冬は(男を迎え入れるために)火桶に周囲を気にして静かに立てる火箸の音も、しのびやかにしているのだけれど(男には)聞こえるのを、外の男はいっそうしきりに叩き、声に出して呼ぶので、物陰ながらそっとすべりよって、男の気配を聞く折もある。◆◆

■沓の音(くつのおと)=衛府官、時守、女房の局をひそかに訪う男などの靴音。





七八   うち局は   (91) その2  2018.10.1

 また、あまたの声して歌などうたふに、たたかねど、まづあけたれば、ここへとしも思はぬ人も立ちとまりぬ。入るべきやうもなくて立ち明かすもなほをかし。御簾のいと青く、をかしげなるに、几帳の帷子いとあざやかなる、裾つますこし見えたるに、直衣のうしろに、ほころびすきたる君達、六位の蔵人、青色などにて受けばりて、遣戸のもとなどにはそばませてえ立てらず、塀の前などにうしろおして袖うち合はせがちなるこそをかしけれ。
◆◆また、大勢の声で歌などを歌うので、別に戸を叩かないけれど、こちらから開けていると、ここに来ようと思っていない人も立ち止まってしまっている。大勢すぎて、入るすべもなく立ち明かすのもやはりおかしい。御簾がたいへん青く風情があって、几帳の帷子の色鮮やかであるのや、女房たちの裾や褄がすこし見えているところに、直衣の後ろに、ほころびの部分が透いている若者たちや、六位の蔵人が、青色などの袍を着て、得意げで、引き戸のもとなどには身を片寄せて立っていられず、塀の前などに背中を押しつけて、しきりにとかく袖を掻きあわせているのこそ、おもしろい。◆◆

■六位の蔵人、青色などにて=蔵人の袍。天皇の常用だが、蔵人は晴の日に限り着用できた。



 また、指貫直衣の、いとこそあざやかにて、色々の衣どもこぼし出でたる人の、簾を押し入れて、なから入りたるや唸るも、外より見るは、いとをかしからむを、いと清げなる硯引き寄せて、文書き、もしは鏡乞ひて、鬢などかきなほしたるも、すべてをかし。三尺の几帳を立てたるに、帽額のしもはただすこしぞある、外に立てる人、内にゐたる人どもの顔のもとにいとよく当たりたるこそをかしけれ。たけいと高く、短からむ人などやいかがあらむ。なほ世の常のは、さのみぞある。
◆◆また、指貫、直衣姿が、とてもあざやかな色合いで、さまざまの色をした幾枚かの下着の衣を、出衣(いだしぎぬ)にして、上着の下から出して着ている人が、簾を外から押し込んで、半身、簾の中に入っているような恰好であるのも、外から見るのはとてもおもしろいであろうが、その人がたいそうきれいな硯を引き寄せて、手紙を書き、ある場合は鏡を借り受けて、乱れた鬢などを掻き直している様子も、すべてがおもしろい。三尺の几帳を立ててあるのだが、その上と、簾の帽額(もこうの下との間は、ただ少し隙間があいている。それが外に立っている人、内側に座っている人たちの顔のあたりにちょうどうまく当たっているのこそおもしろい。背がとても高い人、低かろうひとだったらどうであろうか。やはり、世間普通の背の人は、もっぱらそんなふうにうまく当たるのだ。◆◆

■衣どもこぼし出でたる=直衣などの下に着る袿(うちぎ)、衵(あこめ)などの美しい裾を少し出して着る。
■帽額(もこう)=御簾や几帳の懸けぎわを飾るために上長押(うわなげし)に沿って横に引き回す布帛(ふはく)。水引幕の類。