永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(92)

2018年10月05日 | 枕草子を読んできて
七九  まして、臨時の祭の調楽などは  (92) 2018.10.5

 まして、臨時の祭の調楽などは、いみじうをかし。主殿寮の官人などの、長松を高くともして、頸は引きいれて、先はさしつけつばかりなるに、をかしう遊び、笛吹き出でて、心ことに思ひたる君達の昼の装束して立とまり物言ひなどするに、殿上人の隋身どもの、先しのびやかに短く、おのが君どもの料に追ひたるを、遊びにまじりて、常に似ずをかしう聞ゆ。
◆◆この細殿では、まして賀茂の臨時の祭の調楽などの様子は、たいへんおもしろい。主殿寮(とのもりづかさ)の役人などが、長い松明を高々とともして、頸は襟の中に引きいれて、松明の先は物に突きあたってしまいそうなほどであるのに、おもしろく楽を奏して、楽人たちが笛を吹き立てて、いつもより特別な気持ちでいる若君たちが束帯に威儀を正した服装で局の前に立ち止まって女房に話しかけるなどすると、一方では殿上人の随身たちが、先を、声をひそめて短く、自分の主君たちのために追っているのだが、その声が楽の音にまじっていつもに似ずおもしろく聞こえる。◆◆

■臨時の祭の調楽=賀茂臨時祭。十一月下酉日の試楽。祭の一か月前から行う。
■長松を高く=日暮れに楽所から楽人たちが庭を行くのに、主殿寮の官人が照明の松明を持って先行する。



 なほあげて帰るを待つに、君達の声にて、「荒田に生ふる富草の花」うたひたる、このたびは、いますこしをかしきに、いかなるまめ人にかあらむ、すくすくとさし歩みて出でぬるもあれば、笑ふを、「しばし。『などさ夜を捨ててはいそぎ行く』とあンめる」など言へど、心地などやあしからむ、倒れぬばかり、もし人や追ひてとらふると見ゆるまであどひ出づるもあンめり。
◆◆やはりそのまま格子を上げて楽人たちの帰って来るのを待つうちに、若者たちの声で
「荒田に生ふる富草の花」と歌っているのは、今度は少し前より面白味があるのだが、どんな真面目な人であろうか、さっとまっすぐに歩いて退出してしまう人がいるので、まなが笑うと、「ちょっとお待ちなさい。『どうしてそんなに夜(世)を捨てて急いで行くのか』ということがあるようですよ」などと言うのだけれど、気分などが悪いのだろうか、倒れてしまいそうに、もしも人が追いかけてきてつかまえるのか、と見えるまで、あわてて退出する人もあるようだ。◆◆

■「荒田に生ふる富草の花」=(風俗歌)「荒田に生ふる 富草の花 手に摘入て 宮へ参らむ なかつたえ(中程ニアル道祖神ノ意トイウ)」