八五 御仏名ノ朝 (98) 2018.10.21
御仏名ノ朝、地獄絵の御屏風取りわたして、宮御覧ぜさせたまふ。いみじうゆゆしきこと限りなし。「これ見よかし」と仰せらるれど、「さらには見はべらじ」とて、ゆゆしさにうつ臥しぬ。
◆◆御仏名の日の翌朝、清涼殿から地獄絵の御屏風を上の御局に持って来て、中宮様が御覧あそばす。この絵のひどく気味の悪いことといったらこの上もない。中宮様が「これを是非みなさい」と仰せられますが、「絶対に見ることはすまい」と言って、私は気味の悪さにうつ臥してしまった。◆◆
■御仏名ノ朝(ごぶつみょうのあした)=十二月十九日から三日間三世の諸仏の名号を唱えて罪障消滅を祈る仏事。清涼殿の御帳台中に観音の画像を掛け、廂に地獄変相図を描いた屏風を立てる。終わった次の
朝。
雨いたく降りて、つれづれなりとて、殿上人、うへの御局に召して、御遊びあり。道方の少納言、琵琶、いとめでたし。済政の君の筝の琴、ゆきより笛、つねまさの中将笛など、いとおもしろし。ひと遊び遊びては、琵琶を弾き乱れ遊ぶほどに、大納言殿の、「琵琶の声やめて、物語する事おそし」といふ事を誦んじたまひしに、隠れ臥したりしも起き出でて、「罪はおそろしけれど、なほ物のめでたさは、えやむまじ」とて笑はる。御声などのすぐれたるにはあらねど、をりのことさらに作り出でたるやうなりしなり。
◆◆その日は雨がひどく降って、手持無沙汰ということで、殿上人を上の御局に召して、管弦の御遊びがある。道方の少納言は琵琶で、とてもすばらしい。済政の君が筝の琴、ゆきよりが笛、つねまさの中将が笛など、音色が晴れやかで明るい。一曲奏してからは、琵琶を乱れ弾きに奏しているころに、大納言殿が、「琵琶の声やめて、物語することおそし」ということを吟誦(ぎんしょう)なさったところ、隠れ臥していた皆もわたしも起き出して、「(地獄絵に目をふさぎ、朗詠に起き出したのでは)仏罰が恐ろしいけれど、やはりこうしたすばらしさには、我慢しきれないだろう」と言ってまわりの者から笑われる。大納言のお声などが秀でているのではないけれど、その時機が、詩句とうまくぴったりにわざわざ作りだしてあるようだったのだ。◆◆
■道方の少納言=左大臣源重信の子。990年少納言。
■済政(なりまさ)の君=大納言源時中の子。蔵人。
■大納言殿=伊周(これちか)。中宮定子の兄。
御仏名ノ朝、地獄絵の御屏風取りわたして、宮御覧ぜさせたまふ。いみじうゆゆしきこと限りなし。「これ見よかし」と仰せらるれど、「さらには見はべらじ」とて、ゆゆしさにうつ臥しぬ。
◆◆御仏名の日の翌朝、清涼殿から地獄絵の御屏風を上の御局に持って来て、中宮様が御覧あそばす。この絵のひどく気味の悪いことといったらこの上もない。中宮様が「これを是非みなさい」と仰せられますが、「絶対に見ることはすまい」と言って、私は気味の悪さにうつ臥してしまった。◆◆
■御仏名ノ朝(ごぶつみょうのあした)=十二月十九日から三日間三世の諸仏の名号を唱えて罪障消滅を祈る仏事。清涼殿の御帳台中に観音の画像を掛け、廂に地獄変相図を描いた屏風を立てる。終わった次の
朝。
雨いたく降りて、つれづれなりとて、殿上人、うへの御局に召して、御遊びあり。道方の少納言、琵琶、いとめでたし。済政の君の筝の琴、ゆきより笛、つねまさの中将笛など、いとおもしろし。ひと遊び遊びては、琵琶を弾き乱れ遊ぶほどに、大納言殿の、「琵琶の声やめて、物語する事おそし」といふ事を誦んじたまひしに、隠れ臥したりしも起き出でて、「罪はおそろしけれど、なほ物のめでたさは、えやむまじ」とて笑はる。御声などのすぐれたるにはあらねど、をりのことさらに作り出でたるやうなりしなり。
◆◆その日は雨がひどく降って、手持無沙汰ということで、殿上人を上の御局に召して、管弦の御遊びがある。道方の少納言は琵琶で、とてもすばらしい。済政の君が筝の琴、ゆきよりが笛、つねまさの中将が笛など、音色が晴れやかで明るい。一曲奏してからは、琵琶を乱れ弾きに奏しているころに、大納言殿が、「琵琶の声やめて、物語することおそし」ということを吟誦(ぎんしょう)なさったところ、隠れ臥していた皆もわたしも起き出して、「(地獄絵に目をふさぎ、朗詠に起き出したのでは)仏罰が恐ろしいけれど、やはりこうしたすばらしさには、我慢しきれないだろう」と言ってまわりの者から笑われる。大納言のお声などが秀でているのではないけれど、その時機が、詩句とうまくぴったりにわざわざ作りだしてあるようだったのだ。◆◆
■道方の少納言=左大臣源重信の子。990年少納言。
■済政(なりまさ)の君=大納言源時中の子。蔵人。
■大納言殿=伊周(これちか)。中宮定子の兄。