永子の窓

趣味の世界

枕草子を読んできて(93)

2018年10月09日 | 枕草子を読んできて
八〇 職の御曹司におはしますころ、 木立など  (93) 2018.10.9

 職の御曹司におはしますころ、 木立などはるかに物ふり、屋のさまも、高うけうとけれど、すずろにをかしうおぼゆ。母屋は鬼ありとて、みなへだて出だして、南の廂に御几帳立てて、又廂に女房は候ふ。近衛の御門より左衛門の陣に入りたまふ上達部のさきども、殿上人のは短ければ、大さき、小さきとつけて、聞きなれてあまたたびになれば、その声どももみな聞き知られて、「それかれぞ」とも言ふに、また「あらず」など言へば、人して見せなどするに、言ひ当てたるは「さればこそ」など言ふも、をかし。
◆◆識の御曹司に中宮様がおわしますころ(長徳三年997年の晩夏のことか)、庭の木立ちなど奥深く古色をおびて茂り、建物の様子も高くて何となく親しみが持てない感じだけれど、どういうわけか無性に面白く感じられる。母屋は、鬼がいるというので、みな、そちらを仕切って外側へ建て増しして、南の廂の間に中宮様の御几帳を立てて御座所とし、又廂の間に女房は伺候している。参内のため近衛の御門から左衛門の陣にお入りになる上達部の御前駆たちの警蹕の声、それにくらべて殿上人のそれは、短いので、大前駆、小前駆、とそれぞれ名前をつけて、聞きなれて度重なるので、その声々も自然みな聞き分けられたので、「それはだれだれ、あれはだれそれよ」とも言うのに、また、他の女房が「そうではない」などと言うので、人をやって見させなどすると、言い当てた者は「それだからこそ言ったのよ」などと言うのも、おもしろい。◆◆

■又廂=孫廂



 有明のいみじう霧りたる庭などにおりてありくを聞しめして、御前にも起きさせたまへり。うへなる人は、みなおりなどして遊ぶに、やうやう明けもて行く。「左衛門の陣まかりて見む」とて行けば、われもわれもと追ひつぎて行くに、殿上人あまたして、「なにがし一声秋」と誦んじて入る音すれば、逃げ入りて、物など言ふ声。「月見たまひける」などまでたまふもあり。夜も昼も殿上人の絶ゆるよなし。上達部まかでまゐりたまふに、おぼろげにいそぐ事なきは、かならずまゐりたまふ。
◆◆有明のころのたいへん霧が立ち込めている庭などに降りて女房たちが歩き回るのをお聞きあそばされて、中宮様におかれましてもお起きあそばしていらっしゃる。当番で御前に詰めている女房たちは、みな庭におりなどして遊ぶうちに、次第に明けはなれてゆく。「左衛門の陣を、行って見物しよう」と言って行くと、われもわれもと跡を追って続いて行く時に、殿上人が大勢で、「なになに一声の秋」と詩を吟じてこちらへ入って来る音がするので、御曹司の内に逃げ込んで、その殿上人たちと女房たちが物などを言う声が聞こえる。「月を見ていらっしゃったのですね」などと感心なさる殿上人もある。夜も昼も、殿上人の訪れの絶える時がない。上達部も退下したり参内したりなさる時に、特別の事がなく急ぐことがない方は、かならずこちらの職に参上なさる。◆◆

■有明=空に月があるまま夜の明ける頃。陰暦十六日以降の月の頃。