ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

“空白の時間(とき)”と折り合う

2015-04-03 20:57:44 | 病状
 “空白の時間” ってご存知ですか? 断酒を始めたアルコール依存症者が、手持ち無沙汰でソワソワ、イライラ、何とも落ち着かない気分に襲われることをいいます。どうしたらよいのかまったく見当がつかないので、ついお酒で紛らわそうと酒に手が出そうになります。それが断酒の決意と葛藤することになり、さらに悪循環を来すのです。

 そんなときには即行動に移すことです。優先すべきは先ず脚を使い出掛けること、次いで手を使って書くなり弾くなり描くなりすることです。じっとしたまま頭の中だけ堂々巡りの悪循環に陥ることだけは止めてください。

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 断酒後には “新しい生き方” が必要になってくる。よく言われることです。こう言われたら戸惑いを覚えるアルコール依存症者が多いのではないかと思います。飲酒に耽っていた頃と断酒後の生き方とは当然違うでしょうが、完全に心を入れ替えて別人のようになるなど、断酒前後に不連続な断絶を期待されるのは患者にとって荷が勝ちすぎます。

 恐らく “新しい生き方” として想定される断酒後の変化は価値観の変化と時間感覚の変化だと思います。

価値観の変化
 アルコール依存の進行に応じて、患者の価値観に変化が起きるとよく説明されます。ピラミッド構造を想定してください。アルコール依存がない当初は、最上部の高い価値階層に家族や仕事が位置し、その下の価値階層に友人・同僚、会社、サークル、趣味などがあり、底辺の価値階層に嗜好としての酒やタバコや香水などが置かれます。ところがアルコール依存の進行に伴い、酒の地位が上方に移動し、ついには酒だけが最高の最上層を占めるに至るというのです。この説明は、第三者が患者の行動を観察し続けた結果、患者が依存を強める間に辿った行動の変化を心理的な価値観の変化と捉えたものです。

 患者本人の心理では、いつの間にか酒に飲まれた状態に陥って、次第に酒なしでは一日も過ごせなくなっただけのことです。価値観が変わったなどとは自覚していません。もはやお金をお金だとも思っていないのです。素面の頭なら節約も考える大切なお金が、飲まずにはいられなくなったら、酒との物々交換に必要なモノに過ぎなくなったのです。

 価値の判断は理性が行います。断酒の継続で身体的健康を回復し理性が戻りさえすれば、イライラなどの精神的依存がたとえ残っていても、理性で “最初の一杯” を抑えることは可能です。「最初の一杯」は必ず「次の一杯」を呼ぶ “地獄の一丁目一番地” であると常に自戒し続ければよいのです。“新しい生き方” として、価値観を変えるのに特別な努力は必要なさそうです。

 それではアルコールによる時間感覚の変化はどのように理解したらよいのでしょうか?

意識の中の時間感覚は変化する
 時間には時計の刻む物理的時間と人間の意識の中を流れる時間の両面があります。通常の物理的時間に対照的な概念として、ここでは人間の意識の中にある時間を感覚的時間と呼ぶことにします。また、時間の意識には時ばかりでなく、必ず置かれた場(状況)の意味合いも含まれるので含蓄のある “とき” とします。精神的・心理的状態如何によって、時間の経ち方は意識の中では長くも短くも感じられる、これが感覚的時間です。死ねば感覚的時間は永遠に止まります。感覚的時間が止まること、即ち死です。逆も真なりで、生きているとは感覚的時間を自覚できていることです。

物理的時間の変化
 飲酒習慣が進行する時期ごとに一日の物理的時間配分を円グラフで表すと、患者の時間配分の変化を視覚的によく理解することができます。円は一日24時間全体を表します。円そのものの大きさで個々人の行動量や思考能力を表すこともできます。したがって、アルコール依存症で行動量・思考能力が劣化した状態は小さな円で、逆に断酒後の素面のときの状態は大きな円で表すことが可能です。こうして断酒による行動量・思考能力への影響をも円の大小で表現できるのです。

 物理的時間に占める仕事や、家庭での食事・団欒、睡眠、趣味、飲酒などの割合は、夏休みの宿題でやらされた一日のスケジュールのように円グラフに示すことができます。飲酒習慣の進行とともに飲酒の占める面積は拡大・増加し、飲酒以外のものはその分狭められることになります。

 飲酒習慣の初~中期段階では、酒の種類をアルコール濃度の高いものに変えて早く酔うこともできるので、飲酒の占める時間の割合はほとんど変わらないでしょう。ところが次第に身体がアルコール濃度に鈍感になる(耐薬性)と、酒量が増えたにもかかわらず、その分いたずらに時間が過ぎたことに無頓着になってきます。大して時間が経っていない感覚なのに、実際に飲酒の占めた時間の割合は次第に大きくなってきます。

 最終段階の連続飲酒ともなれば、一日のほとんどが飲酒時間で占められるようになってしまいます。仕事に出掛けられなくなり、朝から飲酒の放縦な生活になってしまいがちです。飲酒を続ける中で生活の秩序と規則正しいリズムは崩れ、動くことが面倒になって引き籠るようになります。それがさらに生活の秩序と規則正しいリズムを崩す悪循環となって、最終的には “ゴミ屋敷”  住まいの “引き籠り” となってしまいます。価値判断が働かず、“どうでもよくなった” のです。こうなってしまうと行動量・思考能力が低下した分、円グラフは小さな円で表されることになります。

 断酒は飲酒時間が円グラフに占めていた部分を切り取ってしまう行為であり、その跡に生じるのが物理的 “空白の時間” です。

 常習化していたもの(こと)を失ったときには喪失感と空虚感とが必ず襲ってきます。かつて他人と対面し間が持たないときには、酒を縁(よすが)として頼っていました。その縋(すが)っていた酒がないと、てきめんに不安や焦りを感じます。断酒によって飲酒の時間が失われたにもかかわらず、患者は快適だった飲酒習慣をそのまま引き摺っているのです。断酒後には、馴染みの居酒屋・立飲み屋・ラーメン屋に立ち寄る時刻や、新幹線や在来特急での移動時、夕食時などになると、決まって口寂しさや喪失感で間が持たなくなります。そのとき口寂しさや喪失感と共に襲ってくるのが飲酒欲求です。私たち患者は「再飲酒すると元の木阿弥で、生命にかかわる」と教育されているので、その場面に襲ってくる飲酒欲求に怯えることになります。「やはりまだ酒に取り憑かれているのか」と2~3ヵ月間ほど、あるいはもっと長い期間にわたって怯え悩み続けることになるのです。

感覚的時間の変化
 アルコール依存が進んだ状態になると、多量のアルコールが体内を循環している酩酊時と酒が切れた覚醒時との間の感覚的時間の変化は次のように考えられます。

 まず酩酊時によくあることとは・・・。飲み仲間とたわいない会話に夢中になるとか、あぁでもない・こうでもないと堂々巡りの議論をするとか、突拍子もないアイディアが幾つも湧いたもののその湧いたという記憶だけしか残っていないとか、唯々放心して飲み続けていただけとか、果ては酔いつぶれて寝ていたとか、こんなところだろうと思います。これらは酔った本人の感覚的時間ではほんの短時間の出来事でしかありません。思いのほか(物理的時間が)長時間費やされても、酩酊状態の感覚的時間ではほんの一瞬のこととなります。「いつの間にぃ・・・、モウこの時間かぁ?まぁ、もう一杯だけ・・・」という経験が誰しもあったと思います。この感覚はあたかも(酒以外の)何かに集中していたかのようです。

 一方、アルコールが切れた時の感覚的時間では、ほんの短時間であっても経つのがとても長いと意識されます。誰しも待たされる時間は長いと意識するものですが、私の場合は酒が切れてくると堪え性がなくなり、する仕事が何もなければ分単位の時間がとてつもなく長いと感じました。たとえ17:20までが就業時間であっても、何もする仕事がなければ16:30~17:00になったら待ち切れなくて職場から逃げ出し、いつもの立飲み屋に一目散に急いだものです。就業規則が定める就業時間の規定など眼中からなくなっていました。

 断酒を始めて3ヵ月ぐらい経つと、一日がとてつもなく長いと感じるようになりました。幼少期の頃に一日が長いと感じたのと同じ感覚でした。ちょうど精神安定剤の服用を中止した後のことでしたので、精神安定剤の中止も関係があるのかもしれません。これも断酒10ヵ月後にはほとんど気にならなくなりました。断酒後に時間の経つのがひどく遅いという感覚は恐らく誰しもが経験することと思います。

 感覚的 “空白の時間” とは、何も予定がない時に、たとえ短時間でもとても長く待たされていると感じる断酒後の経験のことです。待ち切れない時のイライラ・ジリジリ・ソワソワという苛立ちに加え、理由なく襲われる胸のザワザワや気持ちの空回り、遣る瀬無さ(やるせなさ:何処かに逃げ出したいけど何処に向ったらいいか分からない不穏な気分)、持って行き場のない不吉で不穏な気持ちが伴います。一過性の情緒(情動)不安定です。(自分の思い通りにならないときにも同じ気分や感覚に襲われます。)酒を飲まずにはいられない気分なので、恐らく飲酒欲求と混同している場合が多いと思います。決まって一人でいるときで、次の予定を立ててないときに襲われる心理状態で、物理的 “空白の時間” の口寂しさや喪失感とは異質のものです。離脱症状が主に身体的依存の現れであるのに対し、一過性の情緒(情動)不安定は精神的依存の現れと考えています。

 私の場合、一日がとても長いと感じる感覚に加え、断酒7~10ヵ月後には一過性の情緒(情動)不安定を4~5回はっきり自覚しました。情緒(情動)不安定はせいぜい5~15分ほどしか続かない一過性のものです。無聊を突然襲ってくるのが普通で、何も予定を立ててないときは、“空白の時間” が襲って来るのではと、決まってその影に怯えるようになりました。毎日通院の週日には問題ないのですが、何も予定を立てていない休診日には途方に暮れてしまいます。気の利いたアイディアが浮かんで来るでもなく、時間の経つのが遅いばかりで、不穏な気分が募ってきます。いつまでもグズグズ逡巡したままで腰を上げることができないでいました。

 心は保守的です。長年アルコールの酩酊状態に馴染んだ意識では、時間とはあっという間に過ぎるものという感覚の方を常態と勘違いしているらしいのです。時間は速く経つものと馴染んだ意識は、なかなか短期間に変えられるものではありません。だから、一人でいるときはいつも情緒(情動)不安定に襲われるのでは、と不安で心が落ち着かなくなるのです。一度情緒(情動)不安定を経験すると、断酒して間がない頃は “空白の時間” が近づいてくる影に怯え、それ以降の時期には実体のなくなった “空白の時間” の亡霊に長期間にわたって悩まされます。だからこそ、アルコール依存症者は長く断酒していても、何も予定を立ててないと、一人でいることが悩ましく苦手なのです。

 結局、“新しい生き方” の課題は時間感覚の劇的変化にどう対応するかだと思います。断酒してアルコール依存症から回復するには、“空白の時間” と折り合う必要があります。

“空白の時間” と折り合う
 物理的 “空白の時間” と折り合うには、依存症前の元々の行為・行動で、あるいは新しい行為・行動をも加えて、ジックリ時間を懸けて “空白の時間” を埋め合わせすればよいのです。たとえば “空白の時間” の口寂しさを炭酸飲料やお茶・コーヒーで紛らわせれば、喪失感も同時に気にならなくなります。私は甘味と炭酸の欲求に逆らえず、1年間ほどカロリー・ゼロのコーラ1日1.5~2Lを飲んで凌ぎました。その後はコーヒーなどで普通に過ごすことができるようになりました。また、どのような状況だと物理的 “空白の時間” に襲われるのかが簡単に想定できるので、心の備えをしておくことも可能です。危ないと想像されるなら避けて近づかなければよいのです。「何もすることがない、どうしよう」と頭の中で堂々巡りし、じっとしたままで行動しないのは最悪で、物理的 “空白の時間” は変わらないままです。アルコールは理性を司る脳の前頭葉を委縮させると聞きますが、断酒を続ければ1年程度でも機能回復するそうです。素面を維持し、生活の秩序と規則正しいリズムを守り、予定を立てて行動しさえすれば、物理的 “空白の時間” を埋め立てる能力は着実に強くなります。

 次に、とてつもなく長いと感じる感覚的 “空白の時間” とどう折り合えばよいのでしょう?人が意図的に行動しているときは例外なく集中している時間です。集中しているときには時間が速く経ちます。明確な目的・意図をもって能動的に行動しているときには “空白の時間” など忘れてしまいます。逆に、他人に指図されて仕方なくやるのでは時間はとてつもなく長いと感じます。まさに感覚的 “空白の時間” です。脳を活発に働かせ、決めたことを行動に移すことです。「よし、こうしよう!」と決めて即実行に移すことが大切です。 “行動に移す” とは、明確な目的・意図をもって能動的に行動すること、すなわち脚を働かすこと、手を働かすこと、頭を活発に使うことです

 あくまでも毎日を規則正しい生活リズムで過ごしていることが前提ですが、毎日々々、前日に翌日のスケジュールを考えておくことをお勧めします。朝起きたら順を追ってそのスケジュールの詳細を詰めるのです。患者自助会の例会に毎回進んで出席する。面白いコースを見つけ毎日定時に散歩を楽しむ。清掃ボランティアとして定期的に道のゴミ拾いをする。絵画を毎日描く。取材しつつ俳句・川柳や短歌を毎日詠む。ネットでブログを立ち上げて定期的に日頃の考えや思いを投稿する。自分史を綴る。等々スケジュールに組み込んで行動に移すのがよいと思います。ただし、仕事へ復帰するのを焦ってはいけません。また、他人と会う予定の時には、話の切り出し方やその後の話題の展開をシミュレーションしてみることです。商談に臨むときの心構えと同じと思えばよいのです。私はブログに週に1回の頻度で主に自分史を投稿しています。自分の過去とあれこれ対話していると、あっという間に1週間が過ぎてしまいます。胸に収めていた心の深層の悩ましいものの正体が見えてきてスッキリしますよ。

 漫然とテレビを見ていること、ボンヤリと過ごすこと、じっとして動くことなく堂々巡りの悪循環に陥ることだけは避けましょう。意識的に “行動に移す” ことが習慣化できれば “空白の時間” が気にならなくなるでしょう。

 “新しい生き方” の鍵は、“時間感覚は行動することで変化するものと納得する” ことと、明確な目的・意図をもって予定を立てて “行動に移す” こと、この二つです。何のことはない、動物として生まれたヒトの宿命と思えばよいのです。


本ブログ中の『“心の落ち着き”が分かる』、『回復へ―アル中の前頭葉を醒まさせる』も併せてご参照ください。


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1 コメント

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読者の皆さんへ (ヒゲジイ)
2015-04-03 21:15:58
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
断酒を始めても心を蝕むアルコールの影響は相当長期間にわたって残ります。今回は私を含め回復を目指す多くの方々が一番苦手としている「空白の時間」を取り上げてみました。どうしたら「空白の時間」と折り合い、日々安心して過ごせるかを綴ってみました。
完全にアルコールの影響から脱却するために果敢に「行動に移す」ことをお勧めします。
ありがとうございました。
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