黒鉄重工

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欧州project~2012年ヨーロッパの旅~ パリ編 最終回

2015-03-12 21:54:12 | 海外旅行記
ワイ「12月のシアトル旅行、長丁場になりそうだから海外旅行カテゴリで執筆していこう」
ZBS「欧州projectって何話だったんや?」
ワイ「ちょっと見てみるでな。・・・・・・86回でまだ未完や!」
ZBS「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」



というわけで、残り1話というところで最後の更新から約1年放ったらかしにしていた欧州P、このまま放置して北米P(仮称)に突入するのもアレなんで完結させます。
ただまあ写真選定し終えてみれば、そのまま放置しても問題ないような最終回だった。



2013年9月5日(月) パリ4日目(通算15日目)
もう日本に帰るだけなんで特にこれといったことはないです。
なんとなくスーパーマーケットに行ってみました。その国の生活事情が良く窺えますからね。



ムール貝。前の日(ブログ更新の基準だと1年前)にたらふく食べた。もう日本でムール貝は食べれないなってくらい美味しかった。



鮮魚類はこんな感じに無造作に置かれています。おいしそうではある。



野菜はこんな感じ。日本とはずいぶんと違うね。日本人は潔癖すぎるんだ。何でもかんでも清潔なビニールに包まないと気がすまない。



はい、シャルル・ド・ゴール空港です。フランス入国は列車だったので空港は初めて使います。
で、そこにあるマクドナルドで飯。各国のマクドナルドを食べ比べてみよう企画です。ポテトは太いタイプですね。おいしかった。



ハンバーガーは四角い。ちょうど当時、日本マクドナルドが世界のマクドナルドのハンバーガーを販売する企画やっていてフランスのハンバーガーも売っていたと思いますけど、やはり本国のものがおいしかった記憶です。



帰りはエミレーツ航空のA380ドバイ行きに搭乗。
なんで直行じゃないんだという御意見ですが、今旅行ではドバイ空港をハブにした周遊旅行という形で旅行していますので、ドバイ空港に寄っていかないといけない・・・ということです。うまく説明できないしそもそもよく覚えていない。
他には、エミレーツ航空は手荷物をエコノミーで27kgまで持ち込めるだとか(他のキャリアだと通常は23kg)機内サービスが良いだとかシートピッチがエコノミーにしては広いだとかそんな感じです。
特にシートピッチに関しては、エールフランスのそれは狭すぎでひどい目を見たとの両親氏の経験に拠るところがあるようです。実際、エミレーツの機材は良い。



機内食。味なんてもう忘れちまったよ。



ドバイ空港でトランジット。EK318便成田行で日本へ帰国。
これ以降写真撮ってないのでこれでおしまいです。


-完-

九州project ~The Last Domestic Journey. その6 【2014/09/27~30】

2015-03-10 21:55:23 | 旅行・イベント記

9月29日。3日目です。
ホテルをチェックアウトし、車を走らせます。前日火山灰まみれだったラクティスはホテルのスタッフによって洗浄されきれいになっていました。ありがたや!
指宿温泉を南下し、着いたのは山川港。ここからフェリーに乗船し、薩摩半島から大隅半島へワープします。



早めに向かったので乗船まで余裕があります。なのでフェリー乗り場の周りを歩いてみると、海上保安庁の巡視船が。
すずかぜ型巡視艇CL152「うけゆり」です。すずかぜ型は161隻も建造された巨大ファミリー。百人力どころの騒ぎじゃない。



さらに鹿児島交通の西工96MC B-IIのバスが寝ていました。



そしてフェリーが接岸してきました。
桟橋の規模である程度予想出来ましたが、ちっちゃいフェリーですね。



ドッキング。
この後車ともどもフェリーなんきゅうに乗ります。これで陸海空の乗り物制覇ですね。



10:00、出港。しばらくすると、指宿枕崎線のキハ40と並走。勾配を登っていっています。



テトラポッドの水揚げが最盛期。



さらに、昨日見学した護衛艦「あさゆき」が佐世保へ向けて回航しているところに遭遇。めちゃ遠いですが。気分が高揚します。



なにか魚の養殖かな?
10:50くらいにフェリーは対岸の根占港に到着。下船します。



近くのローソンで補給していると、横に三州自動車の車庫があったのでのぞいていきました。
車種がまんべんなく置かれているな。



エアロスター。どう見ても神奈中のツーステです本当に。



ジャーニーK。



7E。いや、8Eかも知れない。この2つの違いが分からん。



謎のスクールバス。ブルーリボンの貸切仕様らしい。ここまで古いバスになると全くわからないです。



キュービック。



最後にブルーリボン。
なぜかセレガは撮影していなかった。


補給を終えたところで、次の目的地へ。


その7へ→

ビクトリアの有名所を観光する 最終回 【2014/11/14~16】

2015-03-08 23:24:01 | 日常記
ナナイモからビクトリアに戻る途中、ゴールドストリーム公園Goldstream Parkに寄り道していくことに。
そこにある川で鮭の遡上を見ることが出来るとの話を事前に聞いていたのです。
本当は往路で寄るつもりでしたが華麗にスルーしてしまいました。



はい着きましたってなんだこれ!?
なんか壮絶な光景が広がっているぞ!?



橋の上から眺めてみます。
右側では遡上した鮭が泳いでいます。左側では鮭の死体が積み上がっています。辺りは魚臭いです。



それにしてもなんて数だ。この下流にもおそらく上流にも泳いでいるんでしょうから相当な数ですねきっと。



鮭っていうと銀色の身体をしているのを想像しますが、かなり濁った色をしています。
鮭って産卵期になると体色が変わるんだっけ?それよりかは、ここまで遡上してくる間に川底の石に身体を傷つけられてできた傷跡と見るほうが自然です。



傍らでは、カモメが鮭の死体を貪っていました。どう見ても腹を下しそうですが貴重なタンパク源です。今食べないでいつ食べるという感じです。
時折鷹が、運がいいと熊が出るとか言われましたがどちらも現れませんでしたね。鷹はともかく熊はまずいでしょ。



もう辺りが暗くなってきたので、流し撮りのような気がする写真くらいしか撮れないですねえ。



命がけの繁殖行動。繁殖終えたら死んじゃうし、遡上するにしてもここまでたどり着けるか分からねえしなあ。遊びじゃあないんだよ。



鮭ですらナニ出来るのにお前らときたら。



命の営みだとか自然の奥深さだとかそんなものを感じますね。とてもいいものを見れました。なかなかこういうのはないぞ。
ちょっと今後鮭を食べるのが億劫になりますね。ちなみにこの日の晩飯は鮭でした。



この後はビクトリアに戻って夕飯を食べて解散となりました。
カナダで初めての自動車旅行、どうなるかと思いましたが、楽で楽しいですね。これで味を占めた俺氏は今後数回レンタカーを借りて遠征することになるのだがそれはまた別のお話。


おしまい

九州project ~The Last Domestic Journey. その5 【2014/09/27~30】

2015-03-06 22:16:34 | 旅行・イベント記
万世から20分くらい車を走らせて、今度は知覧へ。もちろん、知覧特攻平和会館へと行きます。有名なところですね。
それにしても鹿児島の道路はアップダウンが多いですね。自転車だと大変そう。



着きました。
屋外には航空自衛隊のT-3練習機が保存されています。山口県防府北基地に配備されていた81-5502機です。



旧陸軍の一式戦闘機「隼」のレプリカです。映画の撮影に使われたものを譲り受けたようです。
ぱっと見は隼ですが、よーく見るとレプリカだなって分かります。ですがレプリカとはいえ、国内で隼が見られる貴重な場所です。
まあこの数カ月後に海の向こうで実機と対面することになるのですが。



三角兵舎の復元。特攻隊員がここで寝泊まりしていました。敵から隠ぺいするために松林の中に半地下壕を作りその上に建てられました。



中はこんな感じ。出撃前日には壮行会が行われていたとのこと。



本館へ。
ですが、館内は撮影禁止なので写真はナシです。飛燕とか疾風は写真に撮りたかったなあ・・・。
おじいさんたちは昔に一度来たことがあるゆえ、さっさと進んでいってしまいますのであまりゆっくりとは見れませんでしたが・・・。まああれだ、戦争ダメだよ(KO-NAMI-KAN)

ですが、バラされた戦闘機のエンジンからおじいさんが戦時中工場で作っていたエンジンとほぼ同じ部品を見られたのはよかったです。
ちなみにそれはプロペラのピッチを動かす部品でした。飛行高度によってペラの角度が変わるんだそうです。どのエンジンに使われたかまでは分からなかった模様。
他にも部品は100分の1ミリの精度で作っただとか、部品を作る機械はアメリカやドイツからの輸入品で国産品はなかっただとか(よくそんな工業設備で戦争始めようと思ったなあ)、たまにペラを作る部署に遊びに行っただとか、色々教えてもらえました。



知覧を見た後は今日泊まる旅館へ行きますが、その前にとある駅に寄り道。
まあ、ご覧のとおりJR指宿枕崎線の西大山駅です。



西大山駅といえば、言わずと知れた日本JR最南端の駅。日本最南端と最西端は沖縄のゆいレールが全部持って行きました。
北緯31度11分にあります。と言われてもピンときませんがな。アレクサンドリア(エジプト)、エル・パソ(アメリカ)、上海(中国)が同じ緯度だそうです。上海以外やはりピンときませんがな。



ホームに立ちます。車で来るのは邪道な気がしないでもないですが、列車で来ようにもクソダイヤなので行きづらい。
奥には開聞岳が見えます。あまりに有名な構図ですね。山はちょっと霞んでいますがね。ここにキハ40でも来てくれればいいのですがクソダイヤなのでちょうど空白時間帯。また来ます。



最果ての駅マップ。佐世保駅には以前下車済みなのでこれで2つ目です。残りは稚内駅と東根室駅ですがこの先行くことはあるのでしょうか。
稚内は終着駅ですしなんかの拍子で行きそうですけど、東根室とか何もなさそう。だいたい特急が走ってないじゃないか。



幸せを届ける黄色いポスト。出す手紙もないのでスルー。



そして指宿のホテル吟松にチェックイン。ホテルっつーか旅館。
夕食までの間に砂蒸し温泉とやらに初めて入りました、はい。入ったというか砂に埋まった。ああ^~ってなりますね。そして思いの外手間が掛かる。たまに埋まるのにはいいかもです。



砂むし温泉の後は夕食会場へ。なんか温泉が流れてんだけどw
そして、昼に食べたカツ丼が未だ腹にのしかかっています。ちょっとやばいなあ。



前菜。色々あるけど省略。
うまいんですねえこれが。エビが美味い。有頭海老のうまいところはデキるという謎理論。



温泉卵です。目の前で温めています。



さつま揚げ。仲居さんがすぐそばで揚げてくれるのであつあつでおいしい。



お造り。やったぜ刺身だ。今のうちに食いだめしておこう。
実際カナダに来てから刺身食えてないんだ。



合肴「かつお酒盗鍋」。
撮り方が下手だったな。



焚合「六白黒豚芋焼酎煮込み」。うっ肉だ・・・。肉は柔らかいし味が奥まで染みているしおいしい。
ここらへんからペースが遅くなります。さらに食の細い祖父母の食べれなかった分も回ってきます。
もったいないから残すのは避けたい・・・が。



焼物「蛸つぼ盛り」。蛸の他に鰹や甘鯛の焼き物も入っていてうまい・・・が。
腹が限界に近いですねえ。



食事「わっぱ飯」。とどめの炭水化物!!
ここで俺選手、ギブアップ。お残しするという屈辱的敗北を喫したのであった。カツ丼を食べたのがここまで効くなんて。
ホテルの食事ってこんなにヘビーだったっけ・・・?



吸物「のり汁」。まだ追い打ちを掛けるか。
何も手を付けないわけにもいかないので、二口三口すすります。わっぱ飯も少しですが食べました。
いやあキツかった。ほんとキツかった。

明日は気をつけよう・・・マジで。

翌日へ続く


その6へ→

ビクトリアの有名所を観光する その4 【2014/11/14~16】

2015-03-03 22:45:31 | 日常記
11月16日。
この日はビクトリアから100kmほど北に行ったところにあるナナイモNanaimoという町へ。バンクーバー島第二の町です。せっかくレンタカーを借りたので、車でしか行けなさそうなところへというわけです。
ナナイモへはハイウェイを通って行くのですが、高速代はなく無料で通行できます!こりゃいいです。まあその分が税金になっていると思いますが。
ただ日本の高速道路のように橋やトンネルで地形をぶちぬくということはなく、山沿い谷沿いに進んでいく感じ。アップダウンがそこそこあります。交差点に信号機、街の中も突っ切っていくので、高速道路というよりバイパスみたいな感じ。
ビクトリアの街を出たら程なくマラハット山を越えるなど景色に富んでいるのでかなり新鮮でした。



そして、途中にあるダンカンの町を抜けてしばらくすると、道路の右側に蒸気機関車が置かれているではありませんか。
こっちに来て初めて見た鉄道車両です!寄って行きましょう。



汽車のそばにあった解説板によれば、Bloedel Stelwart & WelchのLocomotive No.1、つまり1号機関車ですね。
1911年にアメリカオハイオ州のリマロコモーティブワークスで製造されました。材木輸送など森林鉄道で活躍していました。

ここであることに気づきます。これ、動輪とかシリンダーがないんだけどどうやって動いているんだ?これじゃただのボギー台車じゃないか。



反対側に回ってみると、なんだこれ!?という構造が広がります。
調べてみると、「ギアードロコ」という駆動方式のようです。ピストンの往復運動を回転運動に変換し、その回転運動をギアやロッドにより間接的に動輪に伝達する方式・・・だそうで。
中でもこれは「シェイ式」とよばれる形態で、車体の右側面に2個ないし3個の単気筒シリンダーが垂直に付き、ピストンロッドに連結したクランクシャフトから伸びたシャフトが自在継ぎ手を介して、傘型ギアによって前後の車輪を全軸駆動する方式・・・とのこと。(wikipediaより)
日本では極少数しか採用例がないので全く馴染みがないと言って良い駆動方式です。



これは中々巧妙で面白い構造・・・。
一見力が弱そうに見えますが、意外と牽引力が強いらしくその上急曲線旋回能力も高く、森林鉄道にはうってつけな性能というわけですね。



シェイ式の心臓、単気筒シリンダー。ここで往復運動を回転運動に変換するわけですな。



それをシャフトを通じて車輪に伝える・・・と。


【阿里山森林鉄道】

実際に動くとこんな動きをします。忙しなく気持ち悪い動きをしますねぇw



1号機関車の後ろには材木輸送用の貨車が。前後の台車を角材一本で繋いだだけのとてもシンプルな構造。
実際に材木も積載されていますが積み方は適当というか雑というかそんな感じですね。

ちなみにここはBC Forest Discovery Centreという施設の入口で、これはそこのいわば看板として置いているようなもの。
ここにはまた後日訪れることになりますがそれはまた別のお話。



ナナイモに着きました。バスチョンを見ます。
ハドソン・ベイ社が倉庫兼有事の際の砦として1853年に建てたもの。かつてはそこら中にありましたが、現在残っているのはここのものだけ。
中は覗かなかった。



Modern Cafeで昼飯を食べます。えらく美味かったです。こっちに来てから食べたものの中で一二を争ううまさでした。おすすめ。



ダウンタウンを歩いていたらBC Transitのバスが通り過ぎていったので撮影。普通のD40LFですね。



その次に来たのが、XN40。とてもかっこいい!
フロントデザインもいいし、屋根カバーがイカしてますね。これは惚れましたわ。
バンクーバー島ではナナイモでしか見られない車種のようです。



線路とぶつかりました。列車は、来ない。



ナナイモ駅の駅舎。他の駅舎よりも立派なご様子。
鉄道廃止後は、レストランとして再活用されています。
うーんこのド逆光。






ホーム側はこんな感じ。プラットホームどこだよ。



オールドタウンというところも歩きましたが、どこらへんがオールドなのかよく分かりませんでした。普通の町並みと変わらんで?

最後にスーパーマーケットを軽く見て回ってナナイモを離れました。
あまり大したこと出来ませんでしたね。また来ます。


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九州project ~The Last Domestic Journey. その4 【2014/09/27~30】

2015-03-01 20:09:15 | 旅行・イベント記

鹿児島港を出発して1時間ほどで、次の目的地「万世特攻平和祈念館」(南さつま市加世田)へと着きました。
名前通り神風特別攻撃隊に関した資料館です。特攻記念館というと知覧のそれが有名ですが、ここにもあるんですね。あまり有名ではない模様。自分も今回行くに際して初めて知りました。

建物は「赤とんぼ」と呼ばれた複葉練習機を正面から見た感じになっているとのこと。確かにそんな感じやね。



この祈念館は、かつての帝国陸軍万世飛行場跡地に建てられたものです。
万世飛行場は、運用増により支障をきたすようになっていた陸軍知覧飛行場の補助として、昭和18~19年にかけて吹上浜に急造された飛行場です。
飛行場といっても、地面を均して固めただけの簡素なもので運用期間も昭和20年3~7月とごく僅かであったため、当時を伝えるものはほとんどなく幻の飛行場とも呼ばれています。
それでも、この飛行場から201人の特攻隊員が飛び立ったと言われています。



館内で目を引くのがこれ。零式水上偵察機です。巡洋艦や戦艦に搭載されている水上機ですね。零戦とは違います。偵察・哨戒・攻撃・連絡・救難とあらゆる活躍を見せたワークホースといえる水上機です。
展示機は一一乙型であるとされていて、レーダー(話しによれば八木アンテナ)や自動操縦装置が装備された珍しい個体です。また、零式水偵唯一の現存個体のようです。



この個体は、海軍第六三四航空隊・偵察三○二飛行隊所属だったもので、昭和20年6月4日に福岡から沖縄方面の夜間偵察に行き、帰投中に敵機の追撃を受け応戦後、燃料切れにより吹上浜沖合に不時着水しました。
同機は水没しましたが、平成4年8月に引き上げられここにやってきました。
なお、水偵の搭乗員3名は全員生還し、そのまま終戦を迎えたとのことです。また、当機が47年ぶりに引き揚げられた時には対面もしたそうです。



そんなエピソードもあってのことか、当地では砂に埋もれた状態で展示されています。修復は、クリアコートによる劣化防止を施された以外は引き上げられた時のままのようです。
貴重な零式水偵の現存個体、修復してほしいという気持ちはありますが・・・。



3人乗りの水上機なので細長いという印象です。



零式艦上戦闘機五二型丙の20mm機銃(上)と13mm機銃(下)。同じ吹上浜で引き揚げられたものです。驚くほどよく形を留めています。



展示品で驚いたのが、この増槽。なんと竹製。陸軍が戦争末期に装備していたものです。絶対正規装備じゃない・・・。
落下式の使い捨て装備なので、金属なんて使ってられなかったってことなんでしょうか?追い詰められすぎぃ。



ああ、本当に竹だよ。よくもまあ。ちなみに外装は厚手の和紙、内張りは特殊な塗料とのこと。



2階は特攻隊員の写真や遺書、血書などなど。
有名な子犬を抱いている特攻隊員の写真もありました。あれに写っている隊員達は万世から飛び立ったようです。知覧じゃなかったのね。

小さい資料館ですが、幸か不幸か来館者が少ないので、知覧と比べて静かに落ち着いて見学することが出来ます。零式水偵も一見の価値があります。



祈念館の裏にある物産店で昼飯。調子乗ってカツ丼頼みましたが、量が多いな・・・。これが後で響くことに。



最後に万世飛行場の数少ない遺構である営門跡を見学。
当時は武装した衛兵が24時間立哨していました。また、飛行場への出入りはすべてここからでした。



通用口(?)側。表札があったような気のする錆垂れが見えますねえ。

万世を後にし、次の目的地に向かいます。


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