今週初め、葦原に浮かぶ猿払(さるふつ)目ざし、往復2日間の旅行を試みた。車がなければその地へは行けない。ある年寄りによると、昔は最寄りのJR駅から路線バスが出ていたらしいが、そんな行程ではここから一日でたどり着けない。それとも、どこかでレンタカーを調達したとして、海にすべり落ちそうな道を1時間以上運転するのはイヤだ。
自動車道に乗り2時間半の高速レースで距離を稼いだ後、一般道のおよそ3時間の走行は、空を見たり、道路脇の森林に動物の影を探したり、のんびりしたものだ。一人でも退屈しない。この間、ザ・バンドのCD全19曲を2回、ストーンズのアルバム2枚をそれぞれ1回聴き、休憩のため車を止めエンジンを切ると、頭の芯がじんじん唸る。これだけ聴いても、車をスタートさせたらまた、飽きもせず同じのを回す。
ザ・バンドのCDは、10年ほど前、甥からダビングかダウンロードしたのをもらった。それから数え切れないだけ聴いている。今回は、オールド・ディキシー・ダウンに妙に引っかかる。原題は、The Night They Drove Old Dixie Down。直訳すると「彼らが古いディキシーを通り抜けた夜」。彼らとは、アメリカ南北戦争の北軍のこと。ディキシーは合衆国から独立しようとした南部の地を指す。工業を推し進める新興の北部、農業の恵みと共にある昔ながらの南部。当時、両者の風土や利害はまったく相容れなかった。さらに、リンカーンによる理想主義的な奴隷制度廃止宣言は、北軍側の正義を世界に知らしめた。北部の軍門に下った南部は、北の工業地帯へ人や原料を供給する従属的な地位におとしめられた。
見方を変えれば、古い文明の崩壊後に現れる次の文明は、前代から、活力と資源の提供が受けられる。その意味で、現代のアメリカ、ヨーロッパでも、中東や旧東欧、近くは朝鮮半島やこの国でも、文明・叡知の崩壊と再生が始まっているのかもしれない。とくに当地のアメリカでは、150年もの時間を飛び超えてきたリンカーンが、オバマの上前をはね、まるでトランプを演じているような感がある。なんて言ったら、アメリカ人は怒るだろうか。
タイヤやボンネットから伝わる騒音に慣れっこになったころ、自分なりのOld Dixie Downの歌詞が思い浮かんだ。
友を裏切って飛び出した町、親しく話せる友など誰一人いない町で、
母親が独り死んだとき、彼女がいくつだったか俺は知らない。
たった25歳の俺は、彼女の死に目に会うどころか、葬儀にも行く気は起きなかった。
俺は、遠い土地で、デキシーランドジャズを聴いていたんだ。
もう何もいらない。親も金も、右や左、革命や平和も。
俺には、今使える自由しかいらない。
でもこんなに年を取って、あの町の昔のデキシーを聴くと、つい涙が込み上げてくる。(2017.4.26)