29日、自民党の安全保障調査会などが、北朝鮮の脅威を踏まえ政府への提言をまとめた。その中で北朝鮮へのミサイル攻撃をこう正当化する。「敵基地の無力化は自衛の範囲であり、先制攻撃ではない」と。専守防衛を国是とする国が、反撃とはいえ、相手国にミサイルを打ち込むとなれば、この国の防衛に関する基本線を根本から描き直す必要がある。
この自民党調査会、大層な看板をかけているが、実はそのトップは首相の子飼い同然の人物。以前、首相自ら口にして顰蹙を買ったので、今回は手の者にやらせたまでのこと。このような重大な公党の施策を公表するのに、つまらない小細工を弄するのはいかがなものかと、政治家たちの神経を疑いたくなる。
今の政界には、日本会議、神道何とか、その他にも一般の国民の理解を超えた思想を垂れ流す団体がはびこっている。いずれも、憲法9条改正、防衛軍の創設、天皇元首化、国民の権利の抑制、国家に奉仕する国民作り、家父長制の復活など、明治時代の富国強兵を思い起こさせる主張にこり固まっている。気味が悪いのは、こんなカルトみたいな団体に、首相や主要閣僚はじめ、自民党国会議員の半数以上が所属していることだ。
彼らには、戦後の焼け野原に立って、平和な暮らしを希求した国民の切実な気持ちのかけらも残っていない。ただ、国民の姿を見失ったセクトの親分に引きずり回されているだけ。その親分ときたら、どんな経歴なのか興味はないが、自分と違う考えの人々や世間への恨み辛みをはらすため、公権力をむやみに行使しているとしか思えない。
森友学園や自衛隊日報問題、沖縄米軍基地建設などでも、相手が悪いの一点張りだ。公権力を持つ者が、子どものようにすぐパニックを起こしてダダをこねるのは、見苦しさを超えて薄ら寒くさえ感じる。
話を戻すが、外交の一手段として武力を行使する風潮がなかなか収まらないのは残念でならない。武力によって世界秩序を維持するなんて到底不可能だと、いい加減わかってもよさそうなものだが、かえって、核の傘があっても現実には戦闘を抑止できないことに苛立った大国自らが、武力を行使する世の中に逆戻りしてしまった。
攻撃だけが、もめ事解決の有効な手段でないのは常識だ。相手の言い分をちゃんと聞いて誤解を解きほぐし、歩み寄る努力が肝心なのだ。どうしても相手を責めたいなら、正しい尺度をもってやるべきだ。相手のせいにするだけでは正義も大義もない。この国の保守政治家は変になっていないか。(2017.3.30)