ヒトが獲得した情報は、レム睡眠時になると、一時保管装置の海馬から大脳皮質のメモリーディスクにすり込まれ、記憶として永久保存されるという。レム睡眠とは、体は眠っているが、脳は働いている状態。眼球がひっきりなしに動いているそうだ。つまり眠らなければ記憶装置が正常に起動しないのだ。
年を取るにつれて、夜中に目が覚めたり、朝方早い時間から眠れなくなったりして 熟睡時間が短くなったような気がするとよく耳にする。私も、ときたま、寝てから一時間くらいして、突然目が覚めることがある。眠りについた直後に訪れるノンレム睡眠が、若いころに比べ短くなったのだろうか。その分、レム睡眠が長くなったとすれば、記憶として蓄積される量はかえって増えてもいいはずだ。
しかし、そうはならない。情報処理を司る脳内の神経細胞は、母親の胎内にいるころもっとも多く、誕生後すぐから減少する。この年になったら、神経細胞の減少だけでなく、大脳皮質そのものの萎縮にも歯止めはかからない。
それにしても不思議だ。母親の胎内に閉じこめられた胎児が、なぜ大量の神経細胞を必要とするのか。この危険極まりない世の中に生まれ落ちてすぐ細胞が減少・萎縮し始めるのはどうしてなのか。この精密機械のような生体には、ある法則に基づいた遺伝子情報が仕込まれている。きっとそれなりの理由があってそんなふうに設計されたのだ。たとえば、脳の情報処理は早いほうがいいに決まっているが、生身のヒトにとって、反応が過敏にすぎると、この世の中の矛盾や狂気に耐えられなくなり、自己を破壊するようなことが起きかねない。
整理整頓が不得意な私の場合、もうこれ以上外界からの刺激を得るよりも、古びた記憶装置に収容しきれず、出しっぱなしのあやふやな記憶を地道に整理することが、自分に残された仕事なのだと割り切ろう。(2012.5.25)