こんなタイトルを思いついたのは、チャールトン・ヘストンが出ていた「猿の惑星」の新作が公開されるという新聞記事を見つけたからだ。内容は、この地球で現実に起きている戦乱を寓話化したものだという。サルとヒトとの間の不信が次の不信を生み、そこからわき上がる激情を互いに制御しきれなくなり、どんな結末になるかわかっていながら、どんどん殺戮に突き進んでしまう。この事態を止められる者は誰一匹いない。これと同じ無惨な現場をこの地球上に見る度、サルやヒトが進化の途上で獲得してしまった中途半端な知恵にどんな意味があるのか、もう一度原始時代に戻ってやり直すしか解決策はないのでは、とつくづく悲観の坂を転げ落ちていく。
こんなことを書き出すと際限なく過激に偏っていきそうなので、別の話にしよう。
実は、九月五日でブログ開設五周年を迎える。五年前のこの日、退屈を持てあまし、見よう見まねで始めたのだが、こんなに長く続けられるとは思いもしなかった。ほんとうに読者の皆様の辛抱強いアクセスのたまものだと感謝している。誰にも読んでもらえないなら、どんなに自分勝手な私でも、間違いなく短期間のうちに精根尽き果てたと思う。
もう一つ、はなの存在を抜きにしてブログの存続は考えられない。彼女は、初回からずっとブログのトップを飾り、その時々の姿を惜しげもなく披露して、私を鼓舞してくれた。五年という歳月の中で、はなのネコ相は、当時のあどけなさをぬぐい去って、大人びた知的な雰囲気を漂わせるようになった。手っ取り早く言うと、押しも押されもしない、おばさん顔になった。
はなの自立した生態を見ていると、ふと思うことがある。彼女らネコ族がこの地に君臨するとき、サル・ヒトなどの中途半端な知的動物は一掃されるだろうということ。これが現在、考案中の「ブタたちの陰謀」第二部のテーマでもある。(2014.8.29)