黒猫 とのべい の冒険

身近な出来事や感じたことを登載してみました。

消えた縄文人

2019年12月26日 20時52分23秒 | ファンタジー
 写真の右から左に、直近2か月に読んだ本を並べてみた。
「ヒト、犬に会う」(島泰三、講談社メチエ)では、オオカミから分かれた犬の特性はデンプン質の消化能力にあるという。4万年から2万年前の最終氷期に向かって気候がぐんぐん寒冷化していく時期に、ホモサピエンスは世界中に拡散し、そして犬と出会った。ヒトと出会ったオオカミは犬となり、ヒトは犬の助けによって精神活動に余裕が生まれ、人になったことを論じている。
「日本人になった祖先たち」(篠田謙一著、NHKブックス)は再読。なにせDNA分析の説明がとんでもなく難しかったので、今回読み返して少し理解できた気がする。篠田先生によると、縄文人には北と南の系統があるという。さらに驚くべきことに、現代人のDNAに伝わるのは南系統の縄文人のもので、東北、北海道の縄文人のDNAはほとんどないというのだ。
 北方の旧石器人由来の縄文人はいったいどこへ行ったのだろう。彼らこそが1万6500年前に縄文式土器を列島に残した人々らしいのだ。彼らは絶滅したのか、それとも北方へ帰ったのか。
 7世紀になって、大陸方面から数度にわたって渡来した弥生人の一派は、すさまじい勢いで関東、東北地方の征伐を開始した。これによって、律令制に組み込まれた俘囚たちの中に、北方系の縄文人の子孫がいたとしたら(いなかったとする方が不自然なのだが)、現代の列島人のDNAには、必ずやその痕跡が残っているはずなのだ。
「縄文時代の歴史」(山田康弘、講談社現代新書)は縄文時代を体系的に俯瞰するのに大変役に立った。
「日本人はどこから来たのか?」(海部陽介、文春文庫)は、旧石器時代に列島へ3方向からサピエンスが押し寄せたことをわかりやすく論じている。2万5000年前ころに北海道に現れた細石刃文化はシベリアから南下した集団によるもの。3万8000年前以降に本州や九州で爆発的に増える旧石器遺跡、これらはおそらく対馬ルートで半島から入ったとされる。もう一つはこの列島で最も古い3万6500年前の化石人骨が出土する琉球列島。明らかに南方から北上するルートがあった。しかし彼らは奄美諸島から北には進出しなかったようだ。
 次は、「弥生時代の歴史」(藤尾慎一郎、講談社現代新書)、「倭の五王」(河内春人、中公新書)を読む予定。この列島に向かって、原始から7世紀にかけて連綿と渡来してきた人々の興亡を読み解きたいと思う。(2019.12.26)


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カラスあての看板

2019年12月24日 18時07分25秒 | ファンタジー
 近所のゴミステーションまでの道すがら、といってもほんの30秒くらいで着いてしまうのだが、いつも気持ちが塞ぐ。なんとなれば、3~4割の確率で、ゴミステーションがゴミだらけになっているからだ。
 この辺りは、朝早く出かける家庭が多く、それらのゴミ袋がカラスに荒らされて、残飯類が囲いの内外に散乱するのだ。収集車がやってくる間際になっても、カラスがウロウロしていることさえある。
 1か月ほど前、今日もやられているかもと、つい急ぎ足でステーションに行ってみると、その日は取り越し苦労に終わった。前日、私は業を煮やし、カラスあてに看板を貼り出したのだ。
「君たちのマナーの悪さに大変、迷惑している。これからはゴミの上に板をかぶせ、レンガをしっかり載せることにする。」と書いておいた。それ以来、カラスたちはまったく姿を見せなくなった。
 町内の資源回収ボックスには、ヒト用に、「不法投棄厳禁」とずっと前から貼り紙が出ているが、こちらの方は何ら効果がないようだ。(2019.12.24)
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今年のカレンダー

2019年12月21日 20時48分20秒 | ファンタジー

 今年のカレンダーがそろそろ用済みになるので、処分する前にペラペラめくってみた。赤やピンクのバラのリースの写真に縁どられた小ぎれいな卓上カレンダーで、どこかからいただいたヤツだ。
 すると、それを見ていた父しゃんが、「それ誰の?」と宣(のたま)う。
 はな曰く。「父しゃんの机の上に1年間あったヤツ」
 父は「うっそー」とおおげさに驚く。
 彼がその写真に気づくことなく、1年間過ごしたのは本当のことだ。はなが、父しゃんの仕事を邪魔しに行って、その写真にうっとり見とれていたことも、彼はまったく存知していない。(2019.12.21)

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歳(年)をとると怒りっぽくなるのは

2019年12月18日 14時12分23秒 | ファンタジー
 日本遺伝学会会長、小林教授が唱える55歳寿命説には驚愕したが、これには追伸がある。
 教授によれば、歳をとると脳の細胞はみるみる減少するが、これによって余分な細胞が整理されて脳の回路が洗練され、短時間で的確な判断を下せるようになるという。なので、老人になっても、洗練された脳細胞を使って、ヒト社会のためにさまざまな貢献ができるのだ。
 一方、年寄りは怒りっぽいといわれるが、せっかくの脳細胞を適切に操作しないでいるので、敏感になった神経がショートを起こすからなのかもしれない。これはヒトに限ったことではない。はなは最近、消灯後、1階の居間で大声で鳴きわめいたり、階段を駆け上がりベッドの上に飛び乗って、「もう寝るの!」と叫んだりすることがある。はなをはじめ、家人たちは歳をとるにつれて、はっきりした性格がますます研ぎすまされてきたようだ。男一人、到底歯が立たない。(2019.12.18)



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60歳代の老衰

2019年12月06日 15時08分46秒 | ファンタジー
 子供のころ、祖父が60歳代で老衰で亡くなったと聞いたとき、軽いショックを受けた記憶がある。いつ、誰からその話を聞いたか、子供なのになぜショックだったか今となってはよくわからない。しかし、思い当たることがないわけではない。
 89歳の長寿を全うした祖母の写真を後年じっくり見たことがあるが、祖母は中年のころから老け顔だった。祖母ばかりでなく、私が子供のころの近所のばあちゃんたちは、皆、元気一杯だったが老けて見えた。老けて見えたことはともかく、祖母がこんなに元気なのに、私の生まれるずっと前に、祖父が老衰で死んだというのが幼心に信じられなかったのだろう。
 最近聞いた話では、ヒトの年齢の限界は、最新の分析結果で115歳くらいだという。ものすごく長寿に思えるが、20世紀のヒトの最高齢には及ばないらしい。
 ところで、東大の小林教授によれば、ヒトの寿命となるとそれよりずっと短く、およそ55歳というのが遺伝的に定められた上限だという。私はとっくに過ぎたから気にならないが、若い方々にはちょっとショッキングな話ではないだろうか。教授の説では、年齢を重ねるにつれて、細胞分裂時の複製エラーが増え、一方、免疫系は衰えるので、がんの発生を抑えられなくなる。ヒトが55年以上生きられるのは、公衆衛生、栄養状態、医学の発展などのおかげだとのこと。
 つまり、祖父の60歳代で老衰という話は作り話とか錯覚とかではなかったのだ。今の時代でも、遊び呆けていたら、浦島氏のようにたちまち老いさらばえることがあるということか。せっかくの余生を大事にしよう。(2019.12.6)

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