今年の秋はいつだったんだろう。。
もう師走という頃になって、家のそばのイチョウは今、見事な黄色並木。
こんな季節は車を降りて、空の青と樹々の赤・黄色・緑を仰ぎながらゆっくり歩く。
ふと思い出した・・大好きな八木重吉の詩。
<落葉>
葉がおちて
足元にころがっている
すこしの力ものこしてもっていない
すこしの厭味もない
<秋>
草をふみしだいてゆくと
秋がそっとてのひらをひらいて
わたしをてのひらへのせ
その胸のあたりへかざってくださるようなきがしてくる
<冬>
葉は赤くなり
うつくしさに耐えず落ちてしまった
地はつめたくなり
霜をだして死ぬまいとしている
朽ちる。枯れる。
そのことばの響きは、つい寂しく儚く、終わりを連想してしまう。
けれど自然界では「枯れる」は終わりではなく、古くなって硬くあるいは
脆くなったものを捨て、新しい芽が生まれるための通過点に過ぎないわけで。
きっと私達人間も同じ。
大事なのは、枯れることを嘆き恐れるのではなく、今の自分を淡々と生き抜き
次の世代に何かを繫ぎ、何かを残せるか・・なのかな。
だから、枯れるは終わりではなくて、始まりなんだ。
