心の免疫力~書とことばから

もっと暮らしに書やARTを~
雲のように水のように あっけらかんと自在に生きるヒントを
求めて~ by 沙於里

以心伝心

2007-12-24 | 禅語・般若心経
                       (半紙半分)



このことばも禅語だったんですね。
ことばに出さなくても伝わる気持ち。

書では実際に書く「手習い」と、「目習い」(めならい)というものがあります。

師が目の前で書かれる姿から、筆に貯える墨の量、筆の運び、リズム、呼吸、
間合い、それらを黙して拝見する中で、理屈ではない心の部分を学ぶこと。
また、人の作品を鑑賞することも、目習いと言えます。

私の師は、毎回各人が今勉強している古典のお手本を目の前で書いて下さり、
同じ古典でも、それぞれの好みや個性に合わせて全く違う表情になり、
どれを見てもため息が出るほど魅力的でした。

他の教室に通ったことがないので定かではないけれど、目の前で書いて見せる
というのは、書の世界ではおそらく珍しいことだと思います。

でもそんな師のお蔭で、母いわく「あなたの書く姿は先生に似ている」。
もちろん師の域には足元にも及ばないけれど。。。

不思議なことに、そのリズムや呼吸の反復は、書の作品だけではなく、
思考や趣向までも、どこか師の跡を追うようになるものらしいです。

でも私はその反復の途中で、全身全霊「師の色」には染まらなかったけれど、
ありがたい事に私なりに、師の心を感じる部分は今もあります。

よく日本の文化は、察しの文化だなんて言いますが、その背景にはお互いの
理解と信頼関係があってこそなのかもしれませんね。

今の時代は直接的で、察するということばも死語になりつつあるようで、
なんとなく寂しい気もします。
それだけ、人と人との関係も薄くなったということなのでしょうか・・。
コメント
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