小言コウベイN

日々感じた風刺等について書いています。

開業2

2022-09-10 10:11:27 | 日記

                                R 04.09.11     開   業2     NO.3644

   開業と同時に、自分にもしものことがあってはいけないので、奥さんに店を

やってもらうことにした。   最初はパン屋さんからタバコ屋さん・クリーニン

]グの取次店と変わって行きましたが、大阪弁が使えないので苦労したといい

ます。 子育ても大変だっただろうと思う。

よく頑張ったと褒めてやりたい。 けれども、男の矜持があったから、生活

費は俺の稼ぎから全部出す.     奥さんの稼ぎはすべて万一に時ために蓄えなさ

い・・・と言ったものだから、その通リになった。

だから今でも奥さんの方がお金もちだ。

買いたいものも・医療費も自分で出してくれるから助かる。

ところで、商売が大きくなってきて、銀行借り入れが1億円を超した。

支店長から、万一の時のために「生命保険」加入するように勧められた。  

緊張していたのだろう。    健康診断を受けると、とても生命保険に入れる体

じゃない。 血圧が異常に高く60歳までの命と言われた。

でも、84歳になる今、そんなに健康とは言えないが生きている。

人間の命なんて解らない。

                

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

開業

2022-09-10 10:11:27 | 日記

                      R 04.09.10   開    業   NO.3642

     ボケ防止を兼ねて、古い話を書かせていただいています。 お読みいただ

]きましてありがとうございます。  脱サラに失敗して、浪々としてましたが、

いつまでもそうわけには行きません。

十三で600万円で買ったマンションがありましたが、3年間住んで1200万円で

売れました。  高槻で購入した不動産は全額ローンを組んだので売った家のロ

ーンを返済しても800万円残ったので、それを元手に不動産業を始めることし

ました。 当時の不動産業者は「売買の仲介」を主にしていましたが、自分

にはそういう経験も実績もなかったので、買い取り専門にしました。 

買受後リホームして再販です。

急な帰省・転勤などで家の売却を急ぐ人の不動産を、即金で買い受ける需要

に応えることができて、何とか生活ができるほどの成果が上がりました。

でも、当時不動産価格は高くなかったが、800万円の元手では不足する。  

と言って銀行借り入れはできない。

私が採った方法は、「金を貸してく」ではなく「800万円の定期預金をさせて

くれ」 その条件として、定期担保と・仕入する不動産を担保にするから

1000万円融資したほしい」という(銀行にとっては有利な)条件提示でし

た。 当時、他の不動産業者はあまり信用がなく、銀行借り入れがほとんど

なかったのですが、私はそうやって銀行借り入れを始めたのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

浪人時代

2022-09-10 10:07:00 | 日記

      R 04.09.09   浪人時代  NO.3 642

 今思い出してみると、脱サラに失敗して浪々の身になった時代が苦しかっ

た。 妻子がいるにニートのようなことはしておれません。

失業保険もなかったので、すぐに真っ黒になって働きました

。自動車の組み立て・農耕機の組み立て・カレンダーの印刷などでした。

主に夜勤が多かった。   日雇いの派遣労働者です

ある印刷工場で働いていたときに、かつての学友が突然仕事でやって来まし

た。

「お前こんなとこでなにしてんねん!」と真っ黒になった私に問いかけまし

た。 確か役所に就職して順調にやっていると聞いていたからでしょう。

恥かしくってまともに言葉が出なかった。

そんな体験をしながら、でも人間腐ったら駄目だと思って歯を食いしばり頑

張りました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする