私は今まで、皇后美智子様について触れるのを避けてきました。高校と大学で、美智子様のいとこという方と一緒だったので、触れたくないと思う思いがあったからです。文章が公でなくなって、個人的なものになりそうな感じがあって、避けてきました。
が、雅子様の問題は、美智子様も避けて通れないことであり、胸中深く悩んでいらっしゃるはずなのです。しかも、複雑に絡み合った問題があります。交差しているのです。
そして、美智子様は賢い方だから、この問題で、決してコメントをおだしになりません。美智子様のご意思は、国民には知らされていないのです。
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ここで、交錯しているというのは、美智子様こそ、雅子様と同じく、皇族方にいじめられたといわれていること、と、その理由が雅子様と同じく、才気煥発であることにあったということと、雅子様をご推薦なさった一番の味方が、美智子様だと言われていることです。
しかし、しかしなのです。実は現在のところ、一番批判的な心を秘めていらっしゃるのは、美智子様ではないかと、私は感じます。それが、世に出ていないのに、ここで、お話しするのは迷惑をおかけすることとなるから、今まで触れませんでした。
でも、皇太子殿下の母君であらせられるからこそ、雅子様の「しぶしぶながら、お嫁に、きてやったのだ。私の方が皇太子様より上で、主導権があるのよ(これはご成婚時の会見から察せられること)」というような態度には、下世話な言葉ですが、カチンと来ていらっしゃるはずなのです。
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美智子様もメデイアに登場なさることが多かった方です。今でも覚えているのが、海外への出立の前に、東宮御所の女官たちへのこした、『なるチャンメモ』の存在です。内容は、ご自分の養育方針を、女官たちに留守中にも守って、踏襲してほしいということで、細かい指示をおだしになったのです。これは、徳仁さま(皇太子の幼名)を愛すればこそですが、いわゆるおひいさま中のおひい様であった、当時の皇后陛下(昭和天皇の奥様)には、『あれ、おかしい人ね』と思われたでしょうし、それで、皇后の妹さんたちを糾合して、いじめるということはあったかもしれません。
昔は、高松宮妃殿下、三笠宮妃殿下、平成天皇の妹君である、貴子様など、純粋たる皇族と呼ばれる女性たちが多かったのです。
もうひとつ覚えているのは、エプロン姿の美智子様です。東宮御所のお食事か、皇太子様のお弁当のどちらかをご自分でおつくりになっている映像です。これも、各、皇族方にしてみれば、仰天する発想だったかもしれません。出し抜いているというか、ご自分たちには出来なかったことをやっていらっしゃるということで、「嫌いだわ、あの態度」といわれたかもしれないのです。
私の本当の感想を言えば、『美智子様は痛々しすぎる』でした。『そこまで、がんばらないでもよいのになあ。ある種のかわいそうささえ感じる』でした。『もっと、おっとりなさって、旧来の皇族方に合わせることもよいのではないかなあ?』でした。
でもね。美智子様のなさっていたことは、別に悪いことでも、挑発的なことでもないのです。母であり、妻であるひとつの形を実践なさっていただけで、結果として、旧皇族方をあおることにはなったかもしれないが、基本には、皇太子様との生活を必死で守ろうという熱意は、感じられましたから、国民として、それを、けなしたり不安に思ったりする点はないものでした。
そして、それらの努力と我慢の歳月の結果、今の美智子様は堂々たる地歩(スタンスというか、存在感)をお持ちです。年上の妃殿下、そして何よりも自分にとって、(下世話な言葉で言えば)目の上のたんこぶでもあられた、皇太后が、逝去されました。これで、ご自分が、もっとも年上の存在とおなりになったので、誰にも、後ろ指など、指させず、なにもかも、順調に推移することとなりました。唯一の悩みが雅子様のことでしょう。それ以外は、何もお悩みはないはずです。
美智子様は、深い怒りと、苛立ちを雅子様に対して覚えておいでのはずです。『どうして、あなたはいつまでたっても、皇太子妃の立場とか任務をご理解いただけないのですか?』とお思いになっておられるでしょう。特にご成婚前には、、雅子様を特別にひいきなさって、皇太子妃へ推薦なさったのが、美智子様だったとも、外へもれ出ていますから、かえって、お怒りも深いのです。そして、それを、表面にはおだしにならない。だからこそ、怖い方なのです。庶民的に、「あんた、駄目ねえ」とはっきりと口に出してお叱りになるようなお姑さんだったら、怖くない。けれど、そうではないから、本当は怖い。そして、敏感な雅子様はそれをお分かりになる。それで、おびえていらっしゃるのでしょう。だから、うたかい初めの儀にお出になれない。廊下ですれ違ったり、控え室で、美智子様とご一緒するたびに、過剰に緊張なさるのでしょう。
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雅子様が頭が悪いのではないかと、前回申しました。しかし、私が本当にそんなことを思っているはずもないです。それは、一種の反語的な言い方であって、雅子様は頭はよくて、敏感な方なのでしょう。でも、不思議なことに、どうしても皇太子妃の職分をまっとうできません。それがなぜかを、誰も言い出しませんが、
ここで、雅子様が、若い日に皇太子様ではない男性に対して、プラトニックラブでもあったであろうと、想像するのは間違いです。私はそんなことは想像だにいたしません。むしろ、何もなかったことが問題なのです。雅子様がどうしても、ここではない、ほかの場所が自分には、あっている(適合する)のではないかと、お思いになるのは、何も若い日にやってこなかったという自覚があるからでしょう。そして、それに対する惜しいというか、残念だという気持ちを押し殺していらっしゃるからこそ、体に不調が出るのです。潜在意識の中にあるものを、表層まで出してしまえば半分は解決したも同然です。抑圧していらっしゃるから、じくじくとして、心理的な膿がかたまりません。
もっと、あっけらかんとした、ちょっと不良気味なお嬢様だったら、『ああら、私って、こういうタイプが好みだったんざあますわよ』と、テレビ番組で、俳優の顔をでも見ながら、皇太子様に打ち明けられるかもしれません。そして、それが発散となるのです。また、皇室のお茶のみの会でも、『ああら、おば様、そんな目つきをなさらないでね』と言えるような、フランクさがあったら、なんでもなかったのですが、ともかくにして、経験の少ない、かつ、優等生でいらっしゃるので、そんな口調すら思いもよらないというところがあるのでしょう。まじめな方なのです。でも、雅子様が不幸せである限り皇太子様も安心が出来ないし、幸せにはなれません。
だから、経験をつませて、あげなければ、この問題は解決しないのです。皇太子さまとご一緒で、海外暮らしは駄目なのです。お一人で、自由に、あらゆるやりたいことをおやりになってみないと、この病気は解決しないでしょう。治癒はないです。でもそれが不可能なので、悩みが解決しないのです。
昔の女性は、こうではなかった。だから、美智子様にも一般の日本人にも、雅子様は理解しがたい存在です。李方子様という方は、『どうして、自分が昭和天皇のおきさきに選ばれず、李ぎん殿下(朝鮮の王朝の方)と、結婚をすることになったのだろう』と、最初はお悩みになったはずですが、ともかく、李殿下をお守りして、出来ることを精一杯なさった方です。最終的には、孤児院を運営されたのです。その運営費もご自分の労働で生み出されたのでした。ご自分の皇子は、暗殺されたのに、です。
『そんな立派な先例があるのに、どうして、雅子様は、こんなに。幸せな境遇にあるのに、不満なのかしら?』というのが、美智子様と、それから、大勢の、皇太子様を愛する側の方々の考えでしょう。皇太子さま、ご自身は、雅子様を『かわいい、そして、純粋な人だ』と思っておられるのですが。 2010年3月24日 午前一時にこれを書く、送るのは一日遅れて、 雨宮 舜
が、雅子様の問題は、美智子様も避けて通れないことであり、胸中深く悩んでいらっしゃるはずなのです。しかも、複雑に絡み合った問題があります。交差しているのです。
そして、美智子様は賢い方だから、この問題で、決してコメントをおだしになりません。美智子様のご意思は、国民には知らされていないのです。
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ここで、交錯しているというのは、美智子様こそ、雅子様と同じく、皇族方にいじめられたといわれていること、と、その理由が雅子様と同じく、才気煥発であることにあったということと、雅子様をご推薦なさった一番の味方が、美智子様だと言われていることです。
しかし、しかしなのです。実は現在のところ、一番批判的な心を秘めていらっしゃるのは、美智子様ではないかと、私は感じます。それが、世に出ていないのに、ここで、お話しするのは迷惑をおかけすることとなるから、今まで触れませんでした。
でも、皇太子殿下の母君であらせられるからこそ、雅子様の「しぶしぶながら、お嫁に、きてやったのだ。私の方が皇太子様より上で、主導権があるのよ(これはご成婚時の会見から察せられること)」というような態度には、下世話な言葉ですが、カチンと来ていらっしゃるはずなのです。
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美智子様もメデイアに登場なさることが多かった方です。今でも覚えているのが、海外への出立の前に、東宮御所の女官たちへのこした、『なるチャンメモ』の存在です。内容は、ご自分の養育方針を、女官たちに留守中にも守って、踏襲してほしいということで、細かい指示をおだしになったのです。これは、徳仁さま(皇太子の幼名)を愛すればこそですが、いわゆるおひいさま中のおひい様であった、当時の皇后陛下(昭和天皇の奥様)には、『あれ、おかしい人ね』と思われたでしょうし、それで、皇后の妹さんたちを糾合して、いじめるということはあったかもしれません。
昔は、高松宮妃殿下、三笠宮妃殿下、平成天皇の妹君である、貴子様など、純粋たる皇族と呼ばれる女性たちが多かったのです。
もうひとつ覚えているのは、エプロン姿の美智子様です。東宮御所のお食事か、皇太子様のお弁当のどちらかをご自分でおつくりになっている映像です。これも、各、皇族方にしてみれば、仰天する発想だったかもしれません。出し抜いているというか、ご自分たちには出来なかったことをやっていらっしゃるということで、「嫌いだわ、あの態度」といわれたかもしれないのです。
私の本当の感想を言えば、『美智子様は痛々しすぎる』でした。『そこまで、がんばらないでもよいのになあ。ある種のかわいそうささえ感じる』でした。『もっと、おっとりなさって、旧来の皇族方に合わせることもよいのではないかなあ?』でした。
でもね。美智子様のなさっていたことは、別に悪いことでも、挑発的なことでもないのです。母であり、妻であるひとつの形を実践なさっていただけで、結果として、旧皇族方をあおることにはなったかもしれないが、基本には、皇太子様との生活を必死で守ろうという熱意は、感じられましたから、国民として、それを、けなしたり不安に思ったりする点はないものでした。
そして、それらの努力と我慢の歳月の結果、今の美智子様は堂々たる地歩(スタンスというか、存在感)をお持ちです。年上の妃殿下、そして何よりも自分にとって、(下世話な言葉で言えば)目の上のたんこぶでもあられた、皇太后が、逝去されました。これで、ご自分が、もっとも年上の存在とおなりになったので、誰にも、後ろ指など、指させず、なにもかも、順調に推移することとなりました。唯一の悩みが雅子様のことでしょう。それ以外は、何もお悩みはないはずです。
美智子様は、深い怒りと、苛立ちを雅子様に対して覚えておいでのはずです。『どうして、あなたはいつまでたっても、皇太子妃の立場とか任務をご理解いただけないのですか?』とお思いになっておられるでしょう。特にご成婚前には、、雅子様を特別にひいきなさって、皇太子妃へ推薦なさったのが、美智子様だったとも、外へもれ出ていますから、かえって、お怒りも深いのです。そして、それを、表面にはおだしにならない。だからこそ、怖い方なのです。庶民的に、「あんた、駄目ねえ」とはっきりと口に出してお叱りになるようなお姑さんだったら、怖くない。けれど、そうではないから、本当は怖い。そして、敏感な雅子様はそれをお分かりになる。それで、おびえていらっしゃるのでしょう。だから、うたかい初めの儀にお出になれない。廊下ですれ違ったり、控え室で、美智子様とご一緒するたびに、過剰に緊張なさるのでしょう。
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雅子様が頭が悪いのではないかと、前回申しました。しかし、私が本当にそんなことを思っているはずもないです。それは、一種の反語的な言い方であって、雅子様は頭はよくて、敏感な方なのでしょう。でも、不思議なことに、どうしても皇太子妃の職分をまっとうできません。それがなぜかを、誰も言い出しませんが、
ここで、雅子様が、若い日に皇太子様ではない男性に対して、プラトニックラブでもあったであろうと、想像するのは間違いです。私はそんなことは想像だにいたしません。むしろ、何もなかったことが問題なのです。雅子様がどうしても、ここではない、ほかの場所が自分には、あっている(適合する)のではないかと、お思いになるのは、何も若い日にやってこなかったという自覚があるからでしょう。そして、それに対する惜しいというか、残念だという気持ちを押し殺していらっしゃるからこそ、体に不調が出るのです。潜在意識の中にあるものを、表層まで出してしまえば半分は解決したも同然です。抑圧していらっしゃるから、じくじくとして、心理的な膿がかたまりません。
もっと、あっけらかんとした、ちょっと不良気味なお嬢様だったら、『ああら、私って、こういうタイプが好みだったんざあますわよ』と、テレビ番組で、俳優の顔をでも見ながら、皇太子様に打ち明けられるかもしれません。そして、それが発散となるのです。また、皇室のお茶のみの会でも、『ああら、おば様、そんな目つきをなさらないでね』と言えるような、フランクさがあったら、なんでもなかったのですが、ともかくにして、経験の少ない、かつ、優等生でいらっしゃるので、そんな口調すら思いもよらないというところがあるのでしょう。まじめな方なのです。でも、雅子様が不幸せである限り皇太子様も安心が出来ないし、幸せにはなれません。
だから、経験をつませて、あげなければ、この問題は解決しないのです。皇太子さまとご一緒で、海外暮らしは駄目なのです。お一人で、自由に、あらゆるやりたいことをおやりになってみないと、この病気は解決しないでしょう。治癒はないです。でもそれが不可能なので、悩みが解決しないのです。
昔の女性は、こうではなかった。だから、美智子様にも一般の日本人にも、雅子様は理解しがたい存在です。李方子様という方は、『どうして、自分が昭和天皇のおきさきに選ばれず、李ぎん殿下(朝鮮の王朝の方)と、結婚をすることになったのだろう』と、最初はお悩みになったはずですが、ともかく、李殿下をお守りして、出来ることを精一杯なさった方です。最終的には、孤児院を運営されたのです。その運営費もご自分の労働で生み出されたのでした。ご自分の皇子は、暗殺されたのに、です。
『そんな立派な先例があるのに、どうして、雅子様は、こんなに。幸せな境遇にあるのに、不満なのかしら?』というのが、美智子様と、それから、大勢の、皇太子様を愛する側の方々の考えでしょう。皇太子さま、ご自身は、雅子様を『かわいい、そして、純粋な人だ』と思っておられるのですが。 2010年3月24日 午前一時にこれを書く、送るのは一日遅れて、 雨宮 舜