銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

戦後の日本を支配する為には・・・東大に俊秀を集め、その上で彼らを潰せ。頭脳的な、断種を実施せよ△

2015-09-29 13:57:04 | 政治

 今は、9月30日の夕方5時ですが、やっと完成をいたしました。で、恒例の△印を総タイトル脇につけておきます。 

 著者敬白、

 以下の文章は小説として書いております。フィクションです。そして、今回が、4回目です。だが、ナンバー4と、つけてしまうと、「それって、最初の方を読んでいないから、今回も読まないで置こう」と、読者様がお思いになる可能性があるということに気が付きました。そうするとナンバーが増えていくたびに、読者が減っていく見込みがあります。それは残念です。書いている内容に深い自信があるのに、「続きモノだから途中から読んでも、つまらない筈よ」と、思われるのは残念です。

 私は、今回フィクションとして文章を書く前は、ノンフィクションとして、登場人物の実名を挙げながら、文章を書いていました。が、ところどころで、呟きとして、「私は、今、壮大なミステリー小説を書いているところです」と、申しあげております。どうしてそう言うかと言うと、社会面のニュースにも、政治面のニュースにも、多大な嘘が含まれているのを発見していますし、著者としての、私の身辺にも、異様なことを数多く発見をしているので、どうして、こういう事が起きるのかを、探索し続けているのが、主要なテーマになっているからです。

 ただ、この小説の第一回に書いた様な、苦しくも残酷なエピソードに遭遇すると、それを、ノンフィクションとして書くわけにはいかないのです。実名を挙げると、正しくは書けません。それで、2015年9月26日以降、文章をフィクションとして書くことと決めました。

 それで、誤解のない様にお願いをしたのですが、これから先に書いていくことは、その内容の概念としては、正しいのですが、日付、場所、登場人物の名前等に関しては、すべて、フィクションだとお考えいただきたと思います。今回は、終始ホワイトハウス内の、一室で、事が運びます。「こんなことはなかったよ」と、アメリカ通の、読者様から、コメントを、お寄せいただくことがあっても、わたくしの方では、「これは、フィクションですから、これで、いいのです」と、主張して、突っ走り続けます。

 どうかよろしくお願いを申し上げます。続きモノですから、巻末に、小説としては、第何番であると、書いておきます。ただし、今までも、そうであった様に、すべての章が、独立して読める様に、仕立て上げるつもりです。どこを抜かしても、また、どこから読んでも、その一文なりには、完結しているという風に書いていくつもりです。

 

 Washington 1944 Oct.5th  戦後日本を、如何に扱うかの大綱が、決まった日

・・・・・東大に俊秀を集め、そのうえで、彼らを潰せ! 抽象的な意味での断種を日本人に対して、行うのだ!・・・・・

第一章、『ワシントン、ホワイトハウス内、第〇小会議室、1944年10月5日16時』

 8人が座れる会議用の長テーブルの長辺の最前列に、ルーズベルト大統領が座った。車いすのまま、テーブルに、つけて付き添いは、去った。しかし、この日の主役は、彼ではない。短辺の議長の位置に座っているラドクリフ・テーラー准将であった。彼は今年、42歳になる若手の将校だった。表向きはNavy の給与体系をつかさどる地味な部署についている、事務屋の一人であって、戦場に出たこともない。ただし、ウエストポイントは、卒業をして居り、帽子投げもむろん、経験をしている。ただ、常に斜に構えている姿勢を取っており、親友と呼べる人間は、軍内部にはいなかった。

 ラドクリフは、ワシントン郊外に、敷地3エーカーに及ぶ、邸宅を構え、親、兄弟と別棟を、建てて住んでいたが、その運営費用は、祖父が設立した、大コンツェルンの、株の配当で、賄っていた。妻はヨーロッパの大富豪階級出身の女性だったが、できるだけおとなしい子を選んでいた。社交界で、花型になることを夢見る様な女性では、困ることがあるから。親元で、大切に育てられたつつましい性格の女性を選んでいた。子供の知能が優秀であることは、大切であるとは、考えていて、子供には、自分の姓、または、子供の結婚相手の姓を継がせるつもりがあった。と言うのも、妻の旧姓が、デュポンだったからだ。これでは、出自や、身分が推察されやすい。

 ラドクリフ・テーラー一家は、4代前までは、ヨーロッパに住んでいた。その後、その家族たちは、売り出された貴族の古いお城を、買い求め、今では、フランスと、イギリスとユーゴスラビアに、元お城を改築した別荘がある。ラドクリフ一家も使おうと思えば使える。そこまでの大きな建物でなければ、ヨーロッパじゅうに、自分たち一族の拠点があって、それぞれに、管理人が置いてある、いつでもバカンス用に使うことができた。ラドクリフは、妻子を、自分の兄弟家族とともに、ヨーロッパにバカンスに、行かせることはあったが、この1944年は、その様な安全な状況が、ヨーロッパからは、消えていたので、ラドクリフは、家族を、フロリダで過ごさせた。

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第二章、『ラドクリフの曽祖父が口伝で、息子に命令をした事・・・・・・庶民大衆の目に留まる職業には就くな、他』

 ラドクリフの、曽祖父は、1870年になると、自分の三番目の息子が、性格も落ち着いていて、また、頭脳も優秀であることを、確信をした。曽祖父に拠れば、これからは、アメリカの台頭が、見込まれるので、アメリカ国内で、大衆操作をしないとならないという見込みがあった。その人材をだれにするか。既に、現地の政治家や、実業家の中に、フリーメーソン化してあるメンバーもいることはいたが、さらに、その上位に立ち、アメリカ社会を俯瞰しながら、自分達、大金持ち階級の、支配をさらに安定して永続させるために、種々の大衆操作を行う人物が必要だと、見ていた。

 その頃、18歳に達していた、三番目の息子が、その任務に耐えそうだった。それで、曽祖父は、息子に、言葉で、気を付けるべきことを教えた。それらを守らないと、大切な任務を遂行できないと、よく教え込んだ。

 * お前の、子供だが、進学先としての大学は、どこを選んでもいい。ただし、一流であり、他人が、その名前を聞いたら、『あなたは、エリートなのですね』と、感じ入ってくれるレベルの学校を選ばないとだめだ。そして、何人かの子供のうち、適切な子供を一人選び、お前に私が施したのとと同じ教育と、同じ任務を与えなさい。ほかの兄弟には、彼を、尊重し、愛する様に、教育をしておきなさい。だが、彼の本当の任務は、兄弟であろうとも、教えてはなりません。

 *、職業だが、できるだけ『あなたは、エリートなんだ』と、誰からも思われる職業につかせなさい。ただし、そこで、勝ったり、目立ったりする必要はない。外交官と言う職業だが、大国の大使になることは避けること、また、小国だと、ヨーロッパやアメリカからは、離れ過ぎてしまうので、自分の働きが遅れてしまうので、できるだけ外交官にはならない事。または、政府の役人になることは構わないが、閣内に入り長官になることなどは、避ける事。軍人になった場合は、できるだけ高官になることは避けること。新聞に、その顔と、名前が出る、生活は、絶対に取らないこと。

 *、結婚相手だが、できるだけハイソサイエティ階級から選ぶこと。ただし、社交性が高くなく、地味目な生活を送ることに満足と、喜びを感じる女性を選ぶこと。また、賢すぎる女性は、選ばないこと。おまえより上にたとうとしたり、自分自身の職業を持とうとしたりする女性は、絶対に選ばないこと。お前とお前の子孫は、アメリカ一高い階級のフリーメーソン・メンバーとなるのだから、その名誉だけで、我慢をする事。おまえの後ろには、数万人の命と生活が懸かっているのだから、覚悟と、忍耐を持って暮らすこと。

 妻にした、女性が、充分に、任務に耐え、子供も優秀であった場合、その一人を選んで、妻の苗字を継がせること。この任務に就く人間に、貴族性が付与しては、目立つので、一代のうちで、大きな仕事をすればするほど、血は継続をさせるが、名前は継続をさせないこと。ただし、妻の方が、有名な名前である場合は、この限りではない。

 この様な口伝の家訓を引き継いだ、祖父から数えて、ラドクリフは三代目であって、名字は母方のものを引き継いでいた。息子に関しては、現在6歳の次男が、後継者にふさわしいと考えていたが、妻の実家の名、デュポンをその子に与えるつもりは、なくて、ラドクリフの現在の姓テーラーを継がせるつもりである。

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第三章、『ラドクリフは、敗戦後の、日本について、どう扱うべきかの、大綱を話し始めた。まず、それを植民地化できる事について、あれこれを』

 出席者たちは、ラドクリフ・テーラーが、アメリカ最高の地位にある権力者であることは、熟知しているので、ほとんど、疑念を挟むこともなく、ただ、淡々と聞いてる。

 *1、皆様も他の担当者から、すでに、情報を耳に入れて、確信をなさっておられるでしょうが、アメリカは勝利し、日本は負けます。で、その結果、アメリカは、建国後初めての植民地を持つことと成ります。

 *2、で、領地ですが、現在日本が統治下においている、台湾、朝鮮、は、日本ともども、アメリカの実質的な植民地となります。現在裏からの調査で得た情報ですが、日本軍は、中国戦線から、南方へ戦線を拡大する見込みですので、そこも、結局はアメリカの植民地となります。ただし、連合国軍の仲間である、イギリス軍と、オーストラリア軍が、応戦をしている地域、また、ソ連が応戦している地域は、この限りではありません。

 *3、日本人は勤勉で、工業的にも発展をしているので、そこから上がる利益は莫大なものとなるでしょう。その実際の運営については、私の任務ではないので、実際の、進出企業等に、任せるとして、一点だけ、非常に大切なポイントがあり、それは、日本人に直接接する人間の誰もが、絶対に、守ってもらわないといけません。

 *4、日本人に対して、『自分たちは、宗主国なのだ。おまえたちは、奴隷だ。家来なのだ』という態度を、みじんも見せてはいけないという事です。彼らは、欧米系白人(コケイジャン)が今まで、戦ったほかのどの国の国民より優秀です。だから、イギリスが、インドで示した方法を採用してはなりません。スペインがアルゼンチンで、見せた手法を踏襲してはなりません。フランスがモロッコや、ヴェトナムで、採用した手法も駄目です。

 神風特攻隊を、思い出してください。彼らは、我々欧米系人間にとっては、理解不可能なメンタリティを示したのですから、心して注意深く接触する必要があります。

 *5、ここに、一つのユニークな提案があります。それは、日本を仮想の独立国家として扱うのですから、その旧植民地だった、朝鮮(KOREA)と、台湾も、同じく、独立国家として扱うという案です。彼らは、日本とか、日本人ほど、優秀ではないし、実際には、自分たちが戦闘をして、その結果で、勝ったわけでもないので、「貴国は、アメリカの植民地なのだぞ」と、言っても、政府要人は、「ああ、そうでございますか」と言って、耐えるでしょう。庶民の中は、どうなるかはわかりませんが。しかし、それを、表ざたにしない方がいいのです。それは、対日本人抑圧の為に、彼らを利用する必要があるからです。

 そのために、台湾も、KOREAも、アメリカの植民地としてではなくて、独立国家として、扱います。表面上だけですよ。ただ、そうしますと、日本と対等の立場となります。それで、それらの旧植民地国家を、心理操作を駆使してメディア等を動かし、日本と、日本人より上に置くのです。

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第四章、『アメリカの政界の裏側で、実質的に最高権力者であるラドクリフ・テーラーは、表向きの最高指導者たちに、台湾と、KOREAを、利用する手法と、その可能性が、どうなっているかを淳々と、説明する』

 *6、台湾と言う国ですが、温暖な地域で、アメリカでいえばハワイに似ています。それで、従順な気質を示す民族なので、日本の植民地経営が、うまく行った例であって、親日的です。で、これを、日本人の上に置くと言っても、台湾人自身が気後れをする可能性があります。で、台湾は、現在では、日本支配の目的では使わず、脇にとっておきましょう。それを独立国家として扱えば、アメリカの品格が上がります。世界の覇権に向けて、品格として、一流国家であることは、プラスです。その方向への宣伝に役立ちます。

 KOREAの方ですが、これは、うまく使うと最大のメリットが得られる可能性があります。KOREAと、日本は、ほとんど、遺伝子的に言うと同じ民族であり、言語形式も同じです。日本の方が、地勢的に恵まれていて、生産高が高いので、上位の地位に、今は、つけてきていますが、900年前には、KOREA人は、自分たちは文化上上にあると、信じていた筈です。で、日本が、三度侵攻して、植民地化を試みているのでが、やっと、成功したのが、1910年です。

 が、それ以来の30年以上、なかなか、うまくいかないので、創氏改名と言う手法を日本は取りました。これが、恨みを買っています。つまり、従来の、KOREA人は、中国に倣って、三文字の、漢字を使って、名前を表現していました。日本人は一般的に、四文字の漢字で、自分の名前を表現します。そちらへ誘導をしたのですが、ほとんど、強制的でした。で、深く恨んでいるKOREA人の、その恨みの感情に火をつけるのです。一方で、日本人の方には、『申し訳なかった。自分たちが悪かったのだ』と、思う様に、メディアや、教育で、感化して行けばいい。これで、もしですよ。将来、日本人の中に、隠された我が方の、植民地支配に対して、抵抗しようとか反抗しようとかいう気分が、生まれたとしても、この朝鮮支配の記憶を、呼び覚ましそれを使えば、彼らは、罪悪寒に、満たされて、シュンとするはずです。その、アメリカに対して、戦おうとする、意気軒昂な気分を阻害しえるでしょう。で、我々にとって最も大切な目的、つまり、不満分子が、革命家に変化していく、状況を、つぶすことができます。

 日本人に、誇りを持たせてはいけない。それは、確かです。常に、『自分たちは、昔、罪を犯したのだ』と、自覚をさせて行かないとなりません。それも、継続して、継続して、そういう風に教育をしていかないといけません。ですから、二律背反の支配をするということと成ります。全体構造としては、独立国家としての体裁を取らせます。ただし、常に、その精神の基本のところに、自分たちは罪びとなのだという意識を、植えつけ続けるのです。そのためには、KOREAを使うのが、最適です。

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第五章、『上流階級をいかに、無力にしていくかについて、概要を、述べるラドクリフ』

 引き続いて開陳をされる、ラドクリフ・テーラーの提案

 *7、ところで、戦勝国として日本へ乗り込んでいった際の、天皇と、戦犯と、官僚らの扱いについては、9月8日に述べた通りです。で、ここでは、繰り返しません。

 それよりも、日本人を特殊化させている武士道をどうするかが、問題です。今日はその点を特に考え、語らせていただきます。

 この武士道と言うものですが、西欧でいえば、いわゆるノブレスオブリッジの、実践を、相当多数の、人間が行っているということと同義です。ノブレスオブリッジの精神を、上から数えて、相当の下位ランクの、階級の人間までが、体得をしていることを指します。日本では、農漁村にいる貧しい農民にまで、それが、しみわたっています。それを粉砕して行かないといけません。が、繰り返しますが、8千万人近い日本人に向かって、それを指導する姿を見せてはいけません。米国人が指導をしていると、見せてはいけません。純粋な日本人を使います。彼らは、表面は日本の事を思い、純粋に、日本びいきなのだと、他人には、見せる様に指導をしていきますが、内面では、米国人化をさせ、米国の為になる様に、動く様に訓練を施します。

  ただ、基本的なところでですね。日本人を、今より貧しくさせることは必要です。戦争によって疲弊はしていますが、でも、上流階級には、祖先からの蓄財があります。ので、それを取り上げましょう。地主階級が、大量の土地を持つことは、止めさせます。

 それから、日本には、貴族階級があります。華族制度と言って、生意気なことに、イギリスを真似して、公候伯子男と言う爵位を設けて、天皇を、囲む貴族ソサイエティを形成しています。それから、庶民の間にも、士農工商という身分差別を設定していますが、両方を粉砕します。

 私の、CIA側の部下に調べさせてみたところ、日本人がこれ程、洗練をされた文明を、築いたのは、200年の平和が続いた江戸時代にその基礎ができたという事です。士農工商とは、江戸時代に固まった制度ですので、それを壊すことによって、江戸期に、築き上げられた洗練された文化と言うものも、同時に破壊が可能です。

 ここで、ラドクリフの独白を少し離れて、ラドクリフが就業しているもう一つのオフィスについて述べないといけない。ラドクリフは、表向きは海軍内勤の冴えない事務屋でしかない。しかし、それは無論のこと、隠れ蓑の方の姿であり、本業は、CIAのトップクラスの、働き手であった。もちろん、頭脳を駆使する部門であって、、子としての、部下、孫としての、部下を入れれば、時には、数百人を手下として使うことができた。彼はそれらの部下を使って、あっちこっちから資料を集め、検討をさせ、日本文化の神髄を研究し続けていたのである。それは、パールハーバー攻略前後から始まり、この1944年には、ほとんど、解明が終わりつつあった。

 ルーズヴェルト大統領他の、政府の要人も、それを知っているが故に、ラドクリフの、言うことを静かに、かつ丁寧に、聞いていたのである。裏付けがあり、実態に根差しているので信頼すべきものだと、考えていた。

 ラドクリフは珍しく、身を乗り出さんばかりにして強調をした。「つまり、日本人を、文明史的に、1000年近く、後退をさせるのです」

 ヨーロッパはギリシャから文明が始まっています。しかし、十字軍が活躍した時代とか、ばら戦争とか100年戦争のころの普通の庶民の、生活と、道徳観は、野獣に近いところもありました。食うことと、セックスをする事、それが、有利にできる道を求めて、獣に近い本能を示していた時代です。

 それが、1500年前から、500年前の日本にも、あった姿でした。家康と言う徳川時代の始祖は、庶民に、菜食だけを、する様に強制をしました。そこが、日本人の高い精神性を形成する大きな要因でもありましたが、

 その50年ほど前に、豊臣秀吉と言う、政権そのものとしては、短命だったリーダーが、全国民、特に農民から、刀(=武器)を取り上げました。日本社会と言うのは、武士と、農民が兼業をしていたところがあり、都会に住むプロとしての武士団とは別に、いざ戦いが起きれば、何らかの報酬を期待して、兵士に、早変わりをした農民が多数住んでいたのです。そういう階級から、戦うための武器を取り上げ、それらの階級を、下位に陥れて、一種の農奴化して行ったのでした。

 そのうえ豊臣秀吉と言う男は、租税の基礎となる、測量を行いました。で、日本人は、嘘を付けないようになり、余剰資産を築くこともできなくなりました。兵糧攻めと言うかな。彼等を資金の面で縛りをかけたために、民衆は、逆らえない事となったのです。その上、次のリーダーだった、徳川家康が、自分が住んでいる土地から逃げ出すことを、禁じました。それで、自由も無くなりました。が、一方で、そのおかげをもって、非常に慎重にして、礼儀正しく、決して争わない、あの国民性が、形成をされて行ったのです。そして、固定化した社会の中で、上の階級の人間の命令には、絶対に従うという精神構造も形成されました。それが、神風特攻隊を生んだ素地です。それを壊せばいいのです。

 そうすれば、あの神風特攻隊の様なものは、将来、二度と、生まれなくなります。彼らの頭脳を低劣化させ、小さなことで争う様に仕向け、かつ、全体に、<いつも、うわーんとうるさい>という状況を、作り出せばいいのです。武士道とか神道と言うのは、静謐(サイレンス)と言うものが、大きな要素となっています。それを破壊するのです。そのための遊戯とか、音楽とかを蔓延させましょう。

 ただし、これが最も肝心なポイントですが、アメリカが主導をしている様に、見せつけてはいけないのです。必ず、日本人が自主的に、それを望み、それを実行をしたがっていると、見せつけないといけません。

 今、私は使える人材を、探しております。開戦前に、アメリカ、または、イギリスや、フランスへ留学をした人間を中心に、候補を、見つけ、ファイル化しております。そして、終戦後には、実際に日本に多数の人材を派遣して、これら、エージェントとしての候補者の私生活に密着します。すると、他の人材も見つかるでしょう。海外留学の経験が無くても、使役できそうな生活を送っている人間は、海外留学者の周辺に、見つかるはずです。海外文化にあこがれている人間、まあ、簡単に言えば、静謐な、日本文化より、派手やかで、にぎにぎしい、ニューオーリンズの街の音楽などが好きな人間です。そういう人間を多数発掘し、彼らに、日本文化の主導権を握らせるのです。これは、今の段階では、イメージでしかないものですが、実行をするとなると、なかなか、面白い仕事です。

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第六章、『文部省を上手に支配せねばならない。それと気づかずに、反抗をしない日本人を作り出さないといけないのだから。教育がその根幹である』

 さて、みなさんに解説をさせていただきますが、日本の大学制度と言うのは、相当に、よくできています。

 明治維新以来、富国強兵が必要だと、言い始めています。それで、優秀な人材を生み出すためにでしょうね、大学制度は充実しています。ヨーロッパ、とくにイギリスの制度をまねていて、大学といっても、そのレベルとか扱いにランクを付けております。社会の指導者としての青年を育てている処が、帝国大学と呼ばれる処で、その入学は、大体がアメリカの、IVY league と、同じで、それより前の、段階で、秀才であったら、簡単に、入学できる仕組みになっております。

 そこの卒業生は、主に、官界に進み、なかには、そのあとで、政界へ転身する人間もあります。その次に、實学を学ばせる大学があります。主に専門学校と呼ばれていて、アメリカでいうと、Institute と言うところでしょうか? 医者を養成するためのそれ、教師を要請する為のそれ、銀行マンや、ビジネスマンを生み出すためのそれ、工業の発展を支えるエンジニアを養成するためのそれ、と言う風に全国に展開をしています。大都市周辺には、高等と名付けられていて、より高度な設備が充実したもの(高等専門学校)が、在ります。

 さて、日本の官僚は優秀です。(ラドクリフは、出席者の苦笑いをここで誘った) それを、低くさせる為に、現在の帝大と言うも、のをつぶしていきます。そして、名称としては、専門学校と同等にさせます。まず、名前が重要なのです。そして、突出していた、帝大が、他の多数の大学の中に、うずもれて行く様に仕向けます。

 しかし、東大だけは、屹立する様にもって行きます。なぜか? それは、日本人を精神的に断種して行くためです。今、現在は、全国で、六個の帝大があって、それぞれの地方から俊秀を集めています。しかし、断種を行うためには、選別が必要ですが、6つの場所で、それをするのは、多大な労力が必要です。しかも、外へ秘密が、漏れるケースもあるでしょう。

 ここで、出席者の一人が、初めて手を上げて、ラドクリフを遮った。「うーん。ラドクリフ。君は名案のごとく張り切っているが、それでは、ヒットラーと同じことにならないかね?」と。しかし、ラドクリフの方は、得たりや応と、張り切って、明るく微笑んだ。

 もちろんのことです。あんなばかげた方法は取りません。人々を、緊縛して、手術台にのせ、メスで性腺をカットする様な、直接的な事は致しません。もっと間接的に行います。彼等日本人が、それとは、気が付かぬ形で、緩慢に行います。でも、何世代にもわたって、続ければ、日本人は確実に、劣化するはずです。うまい方法を見つけましたので、まあ、聞いてくださいませ。

 まず、どういう対象を、抹殺をしたいかを申し上げましょう。それは、明治期に、実際に、あの日本を、発展させ、一流国に持ち上げた様な人材です。明治維新と言うレヴォリューションを行ったのは、実際には、数千人の人間の力でした。しかし、明治天皇を囲む元勲として残ったのは、20人前後です。その陰に、数百人、数千人の、表にその名前が出ない、貢献者が居ました。報いをもらえなかった貢献者が居ました。

 我々が狙って、それを、つぶしていかないといけないのは、その消えて行った志士たちの方の、種類の人間です。しかし、現在(=1944年の事)の東大の入試システムでは、そういう連中を発見し、あつめる事ができません。だから、入試改革を行う必要があります。

 どういうことかといいますと、明治の元勲として残った20人は、言ってみれば、ずるいところを持っていたから、生き延びて、大金と名誉を手にすることができました。

 それは、現在(戦前の1944年のこと)の東京帝大卒業生と似ているのです。彼らは裕福な親を持ち、家庭には蔵書が、多数あり、女中もいて、エリートとして、召使に、かしづかれて育っています。こういう手合いは、我々としては、さして、困ってしまう相手ではないのです。人生経験が少なくて、根性がありません。だから、ちょっと脅かせば、こちらになびく筈です。または、脅かすのの反対に、ちょっとした餌をまけば、すぐ意味を察して、こちらの思い通りに動くはずです。だから、面倒さも、怖さもありません。

 私達が恐れないといけないのは、もっと下の階級に育ち、まじめで、終わりまで、物事を追求する達成能力があり、しかも、「自分の生活が、これで、いいのだろうか?」と、考える、そういう生活態度を持ち、生活を改革し、変遷して行こうとする気力もある手合いです。そして、最も厄介なのが、書物等から、理想とか知識を得て、哲学的武装をしてしまう青年です。

 毛沢東と言う革命家が今、中国で、蠢動しつつあります。ただ、彼は、調査によると、結構欲望が強くて、自己顕示欲も強いので、あれは、あれで、それなりに、なんとかなります。最も困るのが、日本人の、普通の青年なのです。その中で、特に優れた人物は、将来真実の革命家となって、われわれのシステムを見破り、我々の安寧を崩す可能性があるのです。だから、絶対に、間引いておかないとなりません。若い芽のうちに、抹殺して置かないとなりません。

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第七章、『東大という装置(または、システム)を利用して、日本人の中から優秀な人材を発掘し、それらを削除し、抹殺して行くテクニックとは、具体的には、どういうものなのか?』

 まず、最初に行うことは、東大の入試を改革することです。その本当の目的を隠すためと、東大を屹立して、優秀な大学へ仕立てていくためには、今の様な入試ではいけません。受験生に過酷な要求を出して、それに耐える人間だけを選別して行かないといけないのです。しかも、<<<東大が、一番難しくて、そこに合格をする事は、素晴らしい名誉である>>>と、国民全体に、思い込ませる必要があります。暗記を含む大量の勉強をこなした人間だけが、突破できるほどに、難しく、しないといけません。

 これは、割と簡単に導入できるはずです。長い間アジアの宗主国であった中国には、科挙と言うシステムがあり、それは、KOREAなどにも伝播しています。日本だけは、江戸時代に、地方分権が進み、地方の支配者である、殿様と言う階級が、自分の支配地を豊かにさせるために、人材を育成したくて、自分のところだけで、独立をした、学校を作りました。そのために中央集権的な科挙のシステムが、あまり発展をしなかったのです。が、日本人は中国の文明が好きですから、この科挙のシステムに似ている<<<東大の入試を過酷にして、それを突破することが、大きな名誉である>>>と、国民に思い込ませることを定着させるのは、容易だと思いますよ。

 そのうえで、入学後にも、引き続いて、競争がある様に仕向けます。観念として、<<<学者になり、大学教授になるのが、一番素晴らしい道だ>>>というものを、東大に入学した後の、若者に植え付けるのです。まあ、今まででも、それを知っている人間は居ました。しかし、少数の人間だけが知る理想的人生と言うものでした。しかし、大衆的レベルで、その観念を広めるのです。<<<大学教授になるのが、最も素晴らしい人生の勝利だ>>>という風に、日本人を洗脳して行くのです。

 そして、毎年の入学生のうち、最終学年の、上位、二人か三人は、大学院へ進学する様にもっていきます。しかし、それでは数が余っていきます。教授職の人事異動と言うのは、たいていは、五~十年に一回です。そうするとプールに十人から十五人が常に溜っているという状態になります。そこで、今度は、我々が教授陣に、心理操作を施します。<<<眞に優秀な人間は、将来自分を追い落とし、自分の、築き上げた名誉を奪うものである>>>という観念です。結構乗りますよ。噂として流すだけでもいいのです。<<<その通りだなあ>>>と、思う人材がいると、自動的に、<<<最も優秀な人材は、東大には残らない>>>ということと成ります。こうして世代を何度も交換して行くうちに、東大が劣化していきます。

 「うーむ。なるほど、ラドクリフ。しかし、現実の問題として、そう、うまくいくだろうかね?」 そうですね。そこを、どうするかのテクニックについても考えてはおります。が、それは、あとで、語ることとして、もう一つの流れ、東大以外へ、送り込まれた、ポスドクについて述べましょう。

 大都会に設立をされている大学へ勤務することは、何かと有利です。しかし、地方の大学へ教授として送り込まれると、不利になります。設備は小さくて、予算は少ないです。指導対象の、学生は、東大の学生に比較すると、優秀ではありません。しかも、彼らの就職先も、東大生と比較をすると、大企業ではありません。何しろ、大学院が無いケースが多くて、どんなに優秀な学生を見つけても、その学生を、学者にしたり、研究者にしたりする道がありません。で、『理想と、現実は違うなあ』という冷めた、そして、少し悲しい気分になります。

 それこそが、我々の狙いが実ったという事なのです。最も元気があり、先鋭的で、かつ才能がある人間をつぶしていくのは、これに限るのです。しかも、超がつくほど、合法的であります。問題はどこにもありません。だが、結果として、見えない檻の中に、彼らを閉じ込めたと言えるのです。そういう状況にしたのです。

 さて、この男性に子供が生まれたと仮定をします。彼は父親として、自分の息子に、「東大へ行きなさい。そして、東大の教授になりなさい」と勧めるでしょうか? 勧めないと思いますよ。そして、もっと平凡な生き方をする様に、子供を育てると思います。で、子供が、たまたまですが、東大の入試を突破したと仮定しましょう。そんな派手やかなな勝利をこどもが得ても、父親の方は、彼自身の経験から、こどもへは「大学院へは、進学せずに、会社勤めをしなさい」と言う風に勧めるでしょう。「その方が安全だ。大学教授もね。成ってみると、内部は、そう素晴らしいものでは無い」と、言うでしょう。そうなると、ここで、このラインは、遺伝的に、その優秀さを、ストップさせるという事と成ります。指導者としての優秀さです。特に、革命家としては、確実に、途絶えたのです。

 我々にとっては、学者以外の道に、東大生が進むのは大歓迎です。宗主国として、家来として使役している、日本から、利益を上げる為には、彼らが、実業部門で、技術面において、頭がいいことは、かまわないのです。理工系技術において優秀なのは歓迎します。だが、哲学的レベルで、優秀になり、旗を振って革命を起こされたり、独立運動を起こされたりしては、困るのです。

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 著者敬白、

 この部分は、自分が、1960年代東大に勤務していたことが、下敷きになっています。せっかく東大に入学しても、そこまでは、人生の勝ち組であって、ウハウハと楽しい生活を送って来ても、いったん、学者の道を志すと、大変なことに成るのでした。

 実は、私自身は東大出身者ではないのです。そして、単なる秘書として、就職をしたのでした。ただ、”言うなり”秘書ではなくて、先生が、なさることで、『それは、駄目だなあ』と思ったりすることを、「それは、なさらない方がいいと思います」とか、言っていたのですね。論文の翻訳のお手伝い等もしていましたから、毎日何度も、先生に、「こちらの方がいいと思います」とか言って、逆らっていたのです。教授の権力と権威は、絶対です。だから、みんなが、へいこらしている中で、私みたいな存在は、非常に珍しいのです。そして、いつの間にか、深く、信頼をしていただき、どんどん優遇される様になって行ったのでした。

 けれど、それは、それで、先生の下についている助手とか助教授をしている人とか何の役職にもついてはいないポスドクの人の苦悩とかが、分かる様になってしまい、『辛そうだなあ』と、同情をしたりするようになりました。それは、1960年代に、すでに、私には、分かっていたことです。

 1980年代にバブルが崩壊する前は、日本は右肩上がりの好景気でした。だから、さして、上流階級でもないお宅でも、子供を大学院へ入れたものです。ところが、不況がやってくると、ポスドク問題が、顕在化しました。一般にもよく知られる問題となりました。アカハラと言う言葉もできました。アカデミックハラスメントと言って、或る教授の下の、講座と言う、一つの閉鎖社会において、教授と、その青年が、馬が合わないということと成ると、悲惨な、進路へ追い込まれる問題等を指します。就職先を世話してもらえないとかいう問題です。一つの講座内では、ローテーションが、少ないので、追い詰められた状態になる人もいます。

 最近は、不況なので、子供を大学院に進学させ、大学教授にさせて行こうと、しているご家庭も少なくなっているかもしれません。それでなのか、ポスドク問題がマスコミを賑わわすことが少なくなっています。

 この章で、私は、一般によく知られているその問題を、まったく違った切り口から攻めています。俯瞰的に、かつ大局的にとらえているでしょう。そして、そういうポイントこそ、1960年代に、上司である教授がほめてくださったポイントでした。教授は、『あんたは、頭がいいねえ。最近の東大生はね。過酷な受験勉強を経ているので、大胆さが無くなっている。分析することは得意なのだけれど、統合することができない。それをあんたはできる。その上に見かけによらず、政治力もある。東大は、全国の学者を統括して行かないといけないので、政治力は必要だ。もしやめなければ、将来は、東大教授になれるよ』と言ってくださいました。

 その言葉を聞いた時に、もし、私が今ほどの、経験をしていて、今ほどの、社会勉強をしていたら、しがみついたと思います。

 しかし、世間知らずだったので、東大教授と言う立場が、どれほど、価値のあるものかについては、気が付きませんでした。今、私は攻撃を受けていて、多大な損害を被っています。それをごく簡単にまとめて、『五億円相当の被害があります』と言い続けてきているのですが、それが、なかったでしょうね。もっと、もっと守られていたと思います。世間と言うものはそういう風になっているものです。

 しかし、現在の生きざまを、『これで、いい』とも思っているのですよ。だって、東大教授と言うのは、自分で、自分の時間を自由にできる度合いは、格段に少ないのです。一国一城のアルジとはいえ、自分の為には、五時間ぐらいしか、使えないと思います。それに比べると、私は圧倒的に、時間を自由に使っていますから。(苦笑)

  2015年9月28日から29日にかけてこれを書く。   雨宮 舜

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後注1、

小説で描く、現代政治-3・・・・・パリ、1998年11月第三週、人が平等であることを知った日

2015-09-28 15:48:09 | 政治

 

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