まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

ひな

2009-12-14 23:19:12 | 怪談

小学校六年の冬。
クラスでニワトリの卵を孵す実験をした。箱を作って裸電球で受精卵を温める。
何日かして、今夜あたり、孵るだろうと先生が話してくれた。
卵からヒナが孵る様子が見たいと思った僕は、友達と待ち合わせて二人で夜、教室まで見に行くこにした。
うまくいけば孵る瞬間が見られるかもしれない。
ところが、友達は時間になっても待ち合わせ場所に現れない。
しばらく待ったあと、仕方なく一人で行くことにした。
当時の小学校は門も出入口も開けたまま。
でも、夜の校舎を一人教室に行く度胸がなく、用務員に事情を話していっしょに見に行ってもらうことにした。
用務員というと年配のイメージがあるが、この小学校の用務員は若い男性。
夜、見回りの途中に音楽室でピアノを弾くらしい。


薄暗い廊下を歩き、用務員室の前で止まる。
宿直しているはずなのに明かりが消えている。
ノブに手をかけるが鍵がかけられてある。


アレ? ヘンだな・・・


どうしようかと考えていると、向こうから声を掛けられた。
「こら!こんな時間に何してんねん?」
見ると、用務員のお兄さんがこちらに歩いて来る。
「ヒナが孵るとこが見られるかもしれへんから、教室に行きたいねん」
「今日孵るんか?」
「先生、今夜くらいや言うとった。怖いからついて来てーな」


二人で教室に行く。
教室の前の黒板の横に置いてある木製の箱の中を覗いてみる。一部がガラスになっていて、中が観察できるようになっている。裸電球の回りに五、六個並べられた卵にはヒビもなく、孵る様子はない。
「まだみたいやな」
そう言う用務員に、もう少しここにいたいと頼み込むと、彼は「少しだけやで」と言って、生徒の机の椅子のひとつに腰を下ろした。


彼は自転車が趣味で、今日琵琶湖へ自転車で行って来たと話してくれた。
当時、僕が住んでいたのは兵庫県伊丹市。そこから琵琶湖まではかなりある。
距離にして片道50キロというところ。
それでも一日で行って帰って来たという。
「もう遅いから帰り」
しばらくしてから、そう言われ、彼は出口まで送ってくれた。


次の日の朝、教室に入ると、箱の回りに人だかりができている。
行ってみると、箱の中の卵のひとつがほんの少しだけ割れて、中からヒナが顔を出している。
でも、ヒナはそこで生絶えていた。


チャイムが鳴って先生が入って来た。
先生が最初に発した言葉に僕は凍り付いた。
昨日の昼、この小学校の用務員が自転車ごと琵琶湖に転落し、病院へ運ばれたが、間もなく息を引き取ったという。


休み時間に、友達に昨日の夜のことを話した。
その友達はオカルトなどに詳しく、話を信じてくれるかもしれないと思ったからだ。
黙って僕の話しを聞いたあと、友達は意外なことを言った。
「道連れにされんでよかったな」
「道連れ?」
「幽霊はな、会った人を、よう道連れにして行きよんねん」


道連れ・・・


卵から出ることができずに息絶えたヒナ・・・
箱の前に行き、そっと手を合わせました。