まあどうにかなるさ

日記やコラム、創作、写真などをほぼ週刊でアップしています。

マンガ喫茶

2017-08-26 21:13:02 | 怪談

終電を逃し、途中駅で降り立った。タクシー乗り場はすでに長蛇の列。頻繁に車が来ているようでもなく、タクシーに乗るまでには相当時間がかかると思われた。飲み会の後、かなり酔いも回っていたので、立っていることが少し辛かった。
ふと見ると雑居ビルの上に漫画喫茶の看板が見える。そこで時間をつぶすことにした。

エレベーターに乗り、ボタンを押す。少し年代の古いエレベーターは鈍い音をたて、少しの揺れとともに階上へと進む。
エレベーターの扉が開くと、すぐ前に店の扉がある。
薄暗い店内へ入り、受付で店員の若い男から時刻を印字したレシートを渡され、ブースを指定される。右手はブラインドが下ろされた窓があり、反対側と向かい側はぎっしりとまんが本が並べられた本棚。店内の大部分は碁盤の目のように高い間仕切りで区切られたブースとなっており、ブースごとにドアが設置され、個室となっている。

サービスのドリンクサーバーでウーロン茶を紙コップに入れると、指定されたブースへ向かう。中へ入ると、リクライニングシートと小さなデスクがあり、パソコンとスタンドが置かれてある。
スタンドの灯りをつけると、反対側のブースを区切る間仕切りの上から、こちらを覗いている若い女の顔が浮かび上がり、はっとする。
女は顔の半分くらいを出して、こちらをじっと見つめている。
「あ、あの… 何ですか?」小声で話しかけるが、何の反応もない。
間仕切りは背の高さより高いのでデスクに乗っていると思われた。
「覗かないで下さい」
そう言っても、女は身動き一つしない。
何度か声をかけるが、表情一つ変えないので、店員に注意してもらおうと考え、いったんブースを出て、受付にいる店員の男に話しかける。
「反対のブースの客がこちらを覗くんです。注意してもらえませんか」
「は?」
「だから反対のブースの客が間仕切りの上から顔を出してこちらを覗くんです」
「そんなはずはありません。あのブースは使ってないんです」
「でも、若い女性がいましたよ」
店員は変な顔をしながらも、いっしょに反対側のブースへと行ってくれた。そのブースだけは鍵がかけられてある。
店員が開錠してドアを開けると、中はリクライニングシートもデスクもない。
「だから、ここは使ってないんです」店員が言う。
あの女は間仕切りを乗り越えてこのブースに入ったのだろうか?
それにしても、背丈より高い間仕切りの上からどうやって顔を出したのだろう?
「なぜ、このブースは使われてないのですか?」
店員は少し躊躇ってから話し始める。
「このブースで、客が続けざまに亡くなったんです。みんな心臓麻痺で…」
「え?」
「だから、縁起が悪いので閉鎖したんですよ」
店員はそう言って、ブースに再び鍵をかけて受付のカウンターへ戻ってしまった。
店員の話に驚いたが、とにかく眠りたかった。
自分のブースに戻り、リクライニングを倒す。

しばらく目を閉じていたが、眠れずに目を開ける。
ふと上を見ると、またあの女が間仕切りの上から顔を半分出してこちらを見ている。
「だ、誰なんですか?」
絞り出すように声を出す。
女は微かな笑いを浮かべ、すーっと顔を引っ込める。
正体を確かめようと、デスクに上がり、間仕切りから向うのブースを覗きこむが、そこには誰もいない。
次の瞬間、見えない何者かのものすごい力で引っ張られ、向うのブースの床へ叩き付けられた。
誰もいないはずなのにすぐ横の空間から女の声がした。
「こちらの世界へいらっしゃい」
女の声のあと、胸に激しい痛みを感じ、かきむしるようにもがく。
息ができなくなり、ドアを開けようとするが、鍵がかけられてある。
全身の力が抜けて仰向けに倒れ込む。
すーっと意識が遠のいていき、やがて心臓が停止した。

深夜の薄暗い店内では店員も寝静まった客もそのことに気付く者はいなかった。



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