某女性支援団体のザブザブ会計のせいで
NPO支援団体が全て税金をとかして自分たちが儲かるだけの
弱者を装った搾り取る詐欺団体だって言われることが増え
大変不愉快な気持ちになっているsachiakiです。
私もあの団体のやり方は全ての人間は対等である、フェアである、
だからこそ男性優位な社会に対して声を上げる!
っていう質のものではなく、
あくまで弱者にならざるを得なかった環境の女の子を保護し
それを盾にして「男はみんな滅びればいい!」
って代替が可能なほど過剰な言葉で分断を煽る
筆舌に尽くしがたいほどフェアから遠い団体なので
好きではないんですけれど、
だからといってあの団体で救われる人もやはりいるし
そもそも論でいえば、団体は山ほどの数あるのに、
たった一つの団体のやらかしで全てを見知ったように
ふんぞり返る人たちのことも腸が煮えくり帰りそうになるほど
ムカっぱらを立てています。
お前はボランティアの現場に
一度でも足を踏み入れたことがあるのか?と聞きたくなるし、
一度で全てを知った気になっているのか?
この井の中の蛙め!となるし
まぁ色々と思うところあるんです。
そのうちの一つとして、
どうして「女性」支援団体はたくさんあるのに
「男性」支援団体はないのか。
発達障害など持っている者などは
成人すると男性だけ行き場がない
みたいなことを発言している人がいて
はぁ〜〜〜〜〜(クソデカため息)
ってなってから、あるよ!ないわけがないだろう。
ただ「男性」って冠が付いてないんだよ。
なんでかわかる?
男性ってのは一般市民であって、
わざわざ固有の言葉を使わなくても
当然のようにそれを受け取れる立場にいるんだよ。
なぜ「女性」って冠があると思ってる?
それはたくさんある支援の中で
沈んでしまうほど小さい力だから
わざわざ冠をつけて目立つようにしてんだよ。
ってなってました。
たしかに一見すると「男性」だけ外されているように見えるのかもだし、
支援する側ももっと大きく声をあげればいいじゃないか
なんてことを思ったりもするんだけど、
(なんていうかあまり声を大にして言えないんだろうけれど)
弱々しい対象であればあるほど強い発言力がある
いや、特別性を帯びると言えば良いのか?
ってところがあって、「一般」と「女性」なら
「女性」の方が特別性のタグが多くあり、
それが「子供」であるならもっと多いって感じなんじゃないかと。
錦の御旗の力というものの神聖度みたいなのが
多少あるのかな〜って気がします。
それは本人たちが特別だとかそういうんでなくて、
外側から見ている他人からの評価がそうなっているって感じです。
う〜ん、伝わっているかちょっと自信ないな……。
そして支援する側っていうのは
常に当事者から声を上げないものでない限り
それは上からの保護・支配欲を満たすだけにある的な
側面がべっとりとあるので、
いかに当事者を声を取り込むか
っていうのが肝なんだと思います。
そんなわけなんだけど、
「助けたい」って気持ちまでも否定しかねない
この「当事者以外はダメよ」っていう壁があると
どうにも限界があるな〜って考えてもしまうんですよね。
力を持つ側の方が窮屈なぐらいでちょうど良い。
それが調和の取れる仕組みだと思うんだけど
今まで窮屈だったからこそ力を持ちたいと願い、
その力を手に入れたらもっと窮屈になるってなると
それもまたジレンマだよな〜とも思ったり。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
これはスパイダーマンの劇中の言葉ですが
もともとは聖書やムハマンドの言葉として
古くからあった格言をポップにしたもののようです。
この言葉を振り返って
件の某団体さんのことを客観的に見ると
大きな力=大きなお金を大いなる責任で監督できなかったことが問題で
やり方はアレなところがあるにしても
大衆の言葉に臆せずこれからも支援を頑張って欲しいと
そう願っています。