朝7時すぎにカンヌを出発し、TGVでデイジョンに向かいます。ディジョンはフランス中部、ブルゴーニュ地方にある地方都市。リヨンと並んで、美食の街としても知られます。
名物はエスカルゴとトリュフ。マスタードも有名で、さまざまなフレーバーを添加したものが売られています。
パリから1時間半程度ですが、南仏カンヌからだと5時間以上かかります。早朝、カンヌで電車に乗り込んだとき、すでにかなり混んでいました。指定席ですから座れない心配はないのですが、みな大きな荷物を持ったバカンス帰りの客なので、トランクを置くスペースがない。結局、腰を傷めないよう注意しながら、重いトランクを座席上のスペースに収納しました。マルセイユを過ぎたあたりで、中学生ぐらいの学生が大量に乗ってきました。もはや荷物を置くスペースはまったくなく、トイレの前のスペースにトランクを山のように積み上げます。
「すごい荷物だね」
「あれじゃトイレに入れないわ」
最近トイレの近い妻は心配そう。幸い、若者たちはディジョンの手前のリヨンで降りていきましたが。
さて、ディジョンは夏の行楽地ではないのか、降りる人も少なく、駅も空いていました。駅はWiFiが使えたので、娘のLINEに到着した旨を連絡しました。前日にネット予約したホテルの場所を、駅のインフォメーションで聞くと、係のムッシュウは親切に調べてくれました。
「2番のトラム(路面電車)に乗って、この停留所で降りるのが近いですよ。でも、ホテルはこの地図にはない。たいたいこの辺」
ムッシュウは、地図からはみ出したあたりを指さしました。
(おかしいなあ。駅から近いホテルを予約したのに)
指示通りに停留所を降りると、あたりは閑静な住宅街。近くにホテルは見当たりません。通りがかりのパン屋さんに入り、そこのマドモワゼルにホテルの場所を聞きました。マドモワゼルはしばらく考えたあと、思いついたようで、店の外に出て身振りを交えながら教えてくれました。英語はできないのか、早口のフランス語でまくしたてます。半分も聞き取れませんでしたが、大体の方角と距離感は伝わりました。
(こんな遠いはずないんだけど)
妻のトランクは年代物で、底の車輪にガタがきている。おまけに歩道は砂利道で、引いていくのに骨が折れます。
「あった、あれだ!」
結局、トラムの駅から10分以上歩きました。後で確認したところによると、ディジョンには鉄道の駅が二つあり、私たちが下りたのはTGV駅で、ホテル近くにあるのは在来線の駅だったようです。そして、二つの駅の接続は考慮されていない…。フランスでは、こういうことがよくあるそうです。
「犬鍋です。昨日予約しました」
フロントでパスポートを出します。
「はい、ちょっとお待ちください」
フロントのムッシュウは流暢な英語をしゃべります。
「犬鍋さん…ですか、確かに予約されていますけれども、これ、明日の晩の予約ですね」
(えっ!!)
「いえ、今日の晩の予約をしたはずですが。間違えたかな?」
そのとき、背後で日本語が聞こえました。私たちが着いた直後に、車で到着した日本人のグループでした。
「どうしたんですか?」
「いえ、予約した日にちが間違っていたらしくて……」
「それは大変ですね」
「私たちは大丈夫よね」
奥さんらしい人が、予約書を確かめようとしています。
「じゃ、明日のはキャンセルして、今日に変更してください」
「今日は幸い空きがありますので、部屋はお取りできます。でも、明日の予約は、エクスペディアを通していただかないと、こちらではキャンセルできません」
「なんとかならないんですか?」
やりとりを聞いていた日本人の男性が、英語で加勢してくれました。
「いえ、私の一存ではどうにもなりません。エクスペディアを通してください」
「わかりました。あとでネットでキャンセルします」
日本人のグループは5人。ロンドンに住んでいるご夫婦が、日本から来たゲストといっしょに、車でヨーロッパを回っているとのことです。ディジョンの次はスイスに行くのだとか。今、ドーバー海峡(イギリスとフランスの間の海峡)は海底トンネルでつながっていて、車ごと鉄道に乗って海峡を渡れるそうです。
ホテルの部屋に入って早速エクスペディアにアクセスし、翌日の宿泊のキャンセルを試みました。ところが「この予約は変更・キャンセルできません」とあるではありませんか。
もう一つ、ショッキングな連絡がありました。娘からのラインです。
「お父さん、ディジョンに来るの、今日だったの? 金曜日って言ってたじゃない。今日はクラスメートの送別会があるから、無理」
どうも昨日の夜の時点で、私が曜日を勘違いしていて、今日が木曜日なのに、ホテルの予約も娘とのアポも金曜日としてしまっていたのでした。
「今回の旅行で、最大の失敗だ!」
「仕方ないわ。今晩は、おいしいものを食べましょう」
外を見ると、先ほどから、かなり強い雨が降っています。
「この雨じゃすぐには出られないから、その間にネットでお店を選ぼう」
ディジョンは食通の集う美食の町。定評のあるレストランがたくさんあります。ミシュランの星つきのような高級店もあり、郷土料理を出す隠れた名店もあり。
フランス駐在員のブログを読んだりして、ブルゴーニュの郷土料理がリーズナブルな価格で食べられるという店を選びました。
幸い、夕立もやんだので、フロントでレストランに予約を入れてもらい、行きに乗ってきたトラムを逆方向に乗って、市内に行きました。
予約した時間までまだ間があるので、ショッピング。マスタード専門店で、変わり種のマスタードをいくつか買い、店を出たときです。
「こんにちは!」
先ほど、ホテルで会った日本人です。
「また、会いましたね」
「どうも」
「実は僕たちも予約を間違えてたんですよ」
「え、日にちですか?」
「いや、日にちじゃなくてホテルを」
「?」
「ディジョンにホリデー・インが二つあるなんて知りませんでした。僕らが予約していたのは、別のホリデー・インだったんですよ。正しいホテルにチェックインして、今やっと市内に出てきたところです」
「ホテルを探すのに2時間もかかったんですよ」
と、奥さん(らしき人)も少し疲れた様子。
「お互い、大変ですね」
「またどこかでお会いしましょう!」
こうした旅のハプニングは、時間が経って振り返ればいい思い出になることでしょう。
7時になり、予約したレストランに行くと、街路に面したとてもよい席が確保されていました。
まず、生ビールを注文して、ビールを飲みながらカルトゥ(メニュー)をめくります。
検討の結果、「ムニュ(定食)」がいちばんリーズナブルであるとの結論に達しました。ムニュは、前菜、主菜、デザートをそれぞれ複数の中から選ぶもの。まず前菜はエスカルゴ、妻は卵の煮込み料理を選びました。主菜は二人とも、ブルゴーニュの代表的な郷土料理のブフ・ブルギニョン(牛の赤ワイン煮込み)に。ワインは、ブルゴーニュ産の赤です。
エスカルゴは1皿に6匹(?)。エスカルゴの殻をはさむための、専用の道具があります。バターとニンニクで味付られられた緑色の肉(?)を、これまた専用の串で引っ張り出して、食します。バターとニンニクの風味が強くて、かたつむりの味というのはよくわかりません。エスカルゴは、日本でも韓国でも食べましたが、特別に本場フランスがおいしいというわけでもないような。
むしろ、ブフ・ブルギニョンがおいしかった。濃い味付けで、田舎風の純朴な感じ。ワインともよく合います。
デザートは、私はフロマージュ(チーズ)の盛り合わせ、妻はチョコレートケーキを頼みました。
チーズがデザートとして出るという感覚はよくわかりません。一つはブルーチーズで、青かびの強烈な香り。ほかはカマンベール風のものと、種類のよくわからないもの。
35年前、初めてフランスに行ったとき、ヴィシーでのホームステイのホストから、
「フロマージュを食べられなければフランス語は上達しない」
と言い渡され、ロックフォール(ブルーとは別の青かびチーズ)を我慢して食べた記憶がよみがえります。その後、青かび系のチーズもおいしく食べられるようになりましたが、だからといってフランス語が上達したとも思えません。
私のミスで、ホテルを1泊分余計に払い、娘とも会えませんでしたが、おいしいフランス料理を味わうことができて、妻ともどもじゅうぶん満足できました。
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