いつか僕は消えてしまうけど
そうやって何度も逃げだすから 何も無いんだよ
オーディオコンポから流れる曲に耳を傾け、僕はふと窓の外を見る。
ぼんやりした空気の中で、一際浮きだつピンク色の花ビラ。
春。
彼女が僕の部屋に住まうようになって早くも三ヶ月が経つ。
お陰でたくさんの映画を見ることになった。
くだらないものから、良く出来たものまで、映画館には実に多種多様な物語が用意されているのだ。
まるで僕自身の退屈な人生を埋め合わせするかのように。
その日も最後のレイトショーを見終わり、映画館を後にした。
僕がこのような行動を取る事によって、少なからず彼女を傷つけているのかもしれない。
それともホッとしているのだろうか。
真相は分からないが、これが僕の彼女に対しての精一杯の配慮であり、またメッセージでもあったのだ。
伝達。
言葉で会話する事は間違いなく伝達行為である。
我々は意思伝達をする事により、高度な文明を築いてきたのだ。
好む、好まずに関わらず。
しかし僕らは本当の事を伝えようとはしない。
春らしくない冷めた風が僕の体を通り抜けて、ビルの間に吸い込まれてゆく。
辺りに光は無く、人影もない。
ふと昔読んだツルゲーネフの小説を思いだしたが、肝心の題名が思い出せない。
題名を思い出している間に家に辿り着き、僕は薄暗い階段を上がってゆく。