無知の涙

おじさんの独り言

アルバイト 「コンビニ奮闘記①」

2008年12月08日 | Weblog

最近よく思うのですが、
コンビニの接客対応が良くなった気がします。

たまにイラッとする時もあるけど、
昔よりかは全然イイ

と言うのも、僕がコンビニバイト経験者だからです。


今年の最初くらいに、
3ヶ月間プータローをしていた
という記事を書いたと思いますが、
さすがに金も無くなってきたので働く事に。

で、選んだのがコンビニ
深夜ですね。


最初に驚いたのが、深夜バイト達の態度の悪さ


接客態度、勤務態度、もー最悪。


僕以外に4人バイトがいました。
そのとき僕は19歳でしたので、みんな年上。


分かりやすくアダ名を付けましょう。

まずバイトのリーダー恪。

いつもムッツリ、その名もムッツ(22才)。
自称、マエゾノに似てると言ってましたが、
マエゾノって誰?

体型がヒョロヒョロ、その名はヒョロ彦(21才)。
バンドやってる大学生。


お米大好き、名はコメ太郎(21才)。
いっつもオニギリ食ってた。見る度に食ってた。
大学生なのに。

影薄い、ウス郎(?才)。
何故か最後まで僕に敬語。
大学生なのに。


そんな個性溢れる年上メンバーの中に放り込まれました。
基本的に2人体制です。


また揃いも揃って働かない。

夜のコンビニなんてだと思ってるかも知れませんが、
これがけっこう仕事あるのです。


21:45分 出社~引継ぎ
22:00分 仕事開始
22:00~22:30分 レジ打ち、賞味期限切れ撤去
22:30~23:00分 床面の清掃(ポリッシャー)
23:00~23:30分 商品のダスキン掛け
23:30~24:00分 商品の前出し、お菓子補充
24:00~ 1:00分 飲料入荷、検品、陳列
 1:00~ 1:30分 休憩
 1:30~ 2:30分 弁当・惣菜入荷、検品、陳列
 2:30~ 3:00分 雑誌入荷、検品、陳列
 3:00~ 3:30分 休憩
 3:30~ 4:00分 揚げ物調理(冬場はおでん、肉まんも)
 4:00~ 4:30分 外掃除、ゴミ出し
 4:30~ 5:00分 新聞入荷、検品、陳列
 5:00~ 5:30分 パン入荷、検品、陳列
 5:30~ 6:00分 弁当入荷、検品、陳列
 6:00~ 7:00分 レジ打ち(職人で大混雑)
 7:00~ 8:00分 飲料補充
 8:00 終了


という流れなので、ホントに一生懸命にやると、
けっこう大変。


入荷したものを、ただ並べるなら楽ですが、
伝票を見ながら、商品、数をチェックしなければなりません。
それが全部合ってると確認してから陳列するのです。
便宜的に30分としましたが、30分じゃ陳列できない日も。


僕が入ったときはヒドかった。
検品もしない、並べ方も考えない、
掃除もしない、補充もしない。
もちろん接客もヒドイ。
ムスっとして。
何しに来てんだか。

ずっとバックヤードで雑誌読んでる。


基本的に僕はゼンゼン真面目な人間ではないし
イイ子ちゃんぶるのはヘドが出るほど嫌いですが、
クビになって実家へ帰るくらいなら死んだほうがマシ
と思っていたので、けっこうバイトは一生懸命やってました。

とにかく親父とケンカ別れのような感じで家を出てきたので、
実家に帰る=敗北という意識がとても強かった。

かと言って、別に彼らにヤル気を出させるほど
情熱的な人間ではありません
新人だし。しかも年下。

別にアンタらの邪魔はしないけど、
僕の邪魔もしないで下さいよ

的なスタンスで働いてました。

生意気なのはもう生まれつきですね。
治りません。

もう完全に嫌われてたなー。
自分のことなのでひしひしと感じました。

友達作りにバイトしてたワケじゃないので、
全く気になりませんでしたが。


つづく


懐しモノシリーズ①

2008年11月05日 | Weblog


ネタはあるけど、どうも集中して書く時間がないので、
しばらくはお蔵入になったネタ シリーズ
下書で止まってしまったまま放置されていた記事です。
けっこうあります。

まず一つ目。
懐かしモノシリーズ。


これは子供の頃に遊んだ、見たモノを
ノスタルジックに紹介してみようかと思います。


第①弾はコレ↓


シュウォッチ



僕と同じくらいの世代の方なら、
買ったことはないにしても、
見たことくらいあるかと。
それくらい流行ってました。


シュウォッチは、ファミコンが大ブームだった
1987年にハドソンから発売された連射能力測定機能付きの時計。
シュウォッチというネーミングは「シューティングウォッチ」の略称である。


連射能力とは、もちろんファミコンのボタンを
連射する能力。

何故そんなものを測定するのか?
というと、やはりこの人物の影響でしょう。


高橋名人




高橋名人といえば、
1秒間に16連射

当時のチビっ子から絶大な人気があり、
そこらじゅうの子供が高橋名人を目指すべく、
連射の特訓に明け暮れていました。


16連射を身に付ければ、なんと!
スイカを割ることも可能 ↓



んなアホな。


あまりの人気に、こんなゲームまで発売されました↓



そんなブームに乗じて(というとアレですが、事実だと思う)、
シュウォッチが発売されたワケです。


10秒間の測定ができ、
よく友達と争いました。


連射の形にも人それぞれコダワリがあり、
手の平コントローラにつけて中指で連射する人もいれば、
普通に親指で連射する人もいたり。


僕は親指派。
だって中指派はどう考えても実戦向けじゃない。
そんな体勢でずっとゲームなんて出来ません。
どうせやるなら実戦にも生かせる親指連打にコダワったのです。


結果は1秒間に12発~13発が限度でしたね。

どう考えても1秒間に16発は無理、
と子供たちも気づき始め、
だんだん卑怯な手を使って連射するようになりました。


卑怯① ものさし
ものさしの先端をボタンにあて、もう一方の先端を手で
バシンバシン叩く。
するとものさしのがバインバインなって、
その反動でけっこうスゴイ連射が可能。


卑怯技②マッサージ機
ハンディタイプの電動肩タタキ機を持ってる友達がいて、
試しにやってみました。
うん、まぁスゴかった。虚しかったけど。



 


そのうち高橋名人の使ってるボタンにバネが仕掛けられていた
とか黒い噂が立ち始め、なんとなくブームは去りました。
(真相はどうだったんでしょうかね?)


 





 


無題4

2008年05月08日 | Weblog
部屋の中は暗かった。
当たり前だ。
既に2時を回っているのだ。

闇の中で彼女の静かな寝息だけが聞こえる。

最初に闇があった。
そこに誰かが、光あれ、と叫んだ。
そう記された書物がある。
そしてその書物には、こうも記さてもいる。

あらゆる善行も、愛がなければ全ては無益である、と。

完全な絶望というものは無い。
それがどんなに脆弱なものであっても、
我々が生きてゆくには希望が必要なのだ。

僕はキッチンの前に敷いた布団に入り、眠りについた。


翌日は雨だった。
僕は7時に起きて仕事場に向かった。

働く為だけに働く。
そこに自我はあっても自己は無い。
僕は誰かの意志であり、その誰かが属するものの何かだ。
意味などは無い。

「できれば今日は」
今朝、僕が部屋を出るとき彼女は言った。
「話したい事があるから、早めに帰って来てくれる?」

分かった、と僕は言った。

彼女が昼間、何をして、何を食べ、何を思い、
そして何に対して悩んでいるかは僕には分からない。

僕に分かることがあるとすれば、
全ての物事には始まりがあり、終わりがある、ということだけだ。

昼休みに外へ出た。

雨は相変わらず勢いよく降っていた。
そのせいで桜がだいぶ散ってしまっていた。
人や車に踏まれてグズグズになった桜の花びらの塊が、
通りのあちこちにゴミと一緒に溜まっていた。

毎年その光景を見ると、たまらなく憂鬱になる。
だから桜も好きになれない。


無題2

2008年03月30日 | Weblog

麻生さんの葬式から数日後、
世間はクリスマスを迎えた。



昼過ぎから雨が降った。

妻は洗濯が出来ないのを残念がっていた。

キリストの優れたところは、
どんなにささやかな善意にも罪があるということを教えてくれるところにある。



自分が生まれてこの方、
一つの罪さえも犯していないと言える者だけが、
あの犯罪者に石を投げるが良い。

汝の敵を愛せよ―

彼女の様々な事情から、
形だけの結婚生活を送っているとはいえ、
クリスマスくらいは何か華やかなプレゼントでも、と思う。

もっとも、僕の少ない給料では高が知れているが。

それに彼女もそんな事は望んでいないのだ。

ディケンズの二都物語を読みながら、
そんなことを考えていると、
ふいに彼女が「出掛けよう」と言った。

「平気なのか?」と僕は聞いた。

「うん」と彼女は言った。

彼女が前の夫から逃げる為に、
僕の部屋に転がり込んできたのは1年前のことだ。

中学の時のクラスメートだった。

「しばらく泊めて欲しいの」と彼女は言った。

僕の今の住まいを誰に聞いたか知らないが、
いきなりそんな事を言われても困る。

どのようにしてこの状況を丸く収めれば良いか、
僕は今にも泣き崩れそうな彼女を見ながら考えていると、
ある事に気付いた。

彼女の右手の甲には火傷の跡があった。

最初は気にしなかった。

だが、左足首にもアザがあるのを見た瞬間に、
僕はなんとなく彼女の事情を理解した。

彼女の結婚式には僕も招待された。

ちょうど1年前くらいだ。

相手は優しそうな男性だった。

彼女も幸せそうだった。

「狭い部屋だけど」と僕は言った。
「しばらくいるといい」

「ありがとう」と彼女は言った。

とにかく僕がまずしなければならなかったのは、
彼女の為にもう一組布団を買うことだった。

 


無題1

2008年03月29日 | Weblog

以前に住んでいたアパートの前に、まるで屋敷のように巨大な一軒家が建っていた。

その家には拾い庭があり、大きなリンゴの木が植えられていた。一見なんの変哲もない普通のリンゴの木なのであるが、よく見ると一番下の枝にカラスの死体が吊るされていた。まるで首でも吊っているかのような格好で。

そうする目的が僕にはよく分からなかったが、恐らくそれはカカシのような役割を果たしていたのだろう。カラス達にリンゴを食べられないように。いわば見せしめである。

僕はそのカラスの首吊り死体を見る度に、何か懐かしいような不思議な感覚に襲われた。

 

12月3日は麻生さんの命日だった。

麻生さんは20歳の時にバイク事故で亡くなってしまった。高校時代の同級生である。

見晴らしの良い広い道路で起こったその事故は、本人の不注意によるものであったと断定されたようだ。誰にも責任がない死。

納得しようが、しまいが彼女はもう2度と戻っては来ないのだ。

今でも命日には仲の良かった連中が集まり酒を飲んでいる。先週の日曜にも誘いがあったが、僕は断った。

思えば葬式に参加したきり、一度も会に参加していない。彼女の墓前にも立っていない。気のいい昔の友達たちは、そんな僕を薄情者と呼ぶことなく、今でも誘い続けてくれている。

僕が彼女の墓前に立たないのは、彼女の死を認めたくない、というようなセンチメタルな感情からではない。

確かに愛すべき人の死というのは、悲しいものであり、それはいつも僕を少なからず混乱させる。

意味なんかないよ、と彼は言った。特に意味なんかないんだ、私たちは何かを失うとそれに意味を見出そうとするが、そんなものは無駄な行為だ。だって意味なんかないんだもの。

 

麻生さんの葬式は寂しいものだった。同級生も僕らのような仲良くしていた連中しか集まらなかった。葬式が済むと、葬式に来ていた旧友から飲みに誘われた。

「だけどあの元気な麻生さんが死んじゃうなんてな。なんか実感わかないよな」と旧友は言った。

「そうだな」と僕は言った。実感が沸かないというより、我々の彼女に対する記憶が学生時代で止まっている為、うまく現在の状況と重ねることができないのだと僕は思った。

2年近くも会っていないし、僕たちはもうそれぞれ社会人として、自分の生活を持っているのだ。

 

友達と別れて新宿へ戻ってきた僕は、西新宿を歩いた。

僕は何故か混乱したり悲しくなると西新宿を徘徊する習性がある。

僕も変わったし、旧友も変わった。もちろん彼女だって変わっていたのだろう。

生きるということは常に変化してゆくことである。ただ彼女だけはもう変わることは無く僕の記憶に留まることになる。

死者に対する思いの行き着く先が何処にあるのかは知る術もない。

ただ僕は生きてゆくだけである。

クリスマスのイルミネーションで彩られた西新宿を歩きながら、
僕はそう思った。