無知の涙

おじさんの独り言

ぼくの夏休み 終

2018年12月20日 | 入院

突然僕の病室に現れた男は、変態でも部屋を間違えた人でもなく、看護師さんでした。

昨日まで女性だったじゃない・・・やだよう。怖いよう。

ドン引きと絶望の狭間で完全に思考停止状態に陥っていると、看護師が口を開く。

「体調はどうですか?」

最悪です。体というより心がね。これは死にかけてますね。

検温やら血圧測定やらをさっさと済ませて早々にご退出願おうと思っていると、

「それ」と言って看護師が何かを指さす。

指された方を見てみると、昨日G会の方々が見舞いにと持ってきてくれたプラモデルの雑誌がある。

「プラモデル興味あるんですか?」

まぁ素人レベルだけど、と返事をしてハッとする。あれ?なんだろう、何か選んではいけない選択肢を選んだような気がする。オートセーブでやり直していいですか?

「自分もプラモデル好きなんですよ!いやー、昨日の夜の巡回でその雑誌見かけてから気になって」

遅かった!マジかよ。なに俺の部屋を勝手に覗いてんだよ。

「よ、良かったらその雑誌どうぞ・・そこまで興味ないので」


「え?そうなんですか?でも患者さんから何か貰うと怒られちゃうので」

このプライベート会話は怒られないんですかね。

「ロボット系お好きなんですね」と看護師はテレビ台に置いておいたスパロボのパッケージを見ながら言った。

終わった。もうさすがに興味ない作戦はキツい。

「古い系ばかりで新しいのはぜんぜん分からないけど」そこそこ若そうだからそう切り返してみる。

「僕も古いのばっかりですよ。ゼータとか好きです」

ダーメかぁぁ。提示された選択肢を悉く間違えてる感がある。ほぼ二択のやつを。

「ゼータは映画がダメだったなぁ。」もう面倒くさいから乗ってみる。

「え?そうなんですか?映画は観てないですね」

えぇっ・・観てないのかよ・・。俺のノリ返してくれ。自ら好きと公言するなら劇場版くらい観とこうね。ガンダムオタク怖いんだぞ☆ネットなら袋叩きですよ。知らんけど。

噛み合いそうで、延々にそうでもない不毛な会話を5分ほど続けて満足したのか、看護師は去っていった。

危うくナースコール押すところだ。あれ?今後ナースコール押してもあいつが来るの?やだよう。怖いよう。ナースの来ないナースコールとは一体・・・。

物騒なものは処分しておかないと。そう思い、せっかく頂いたプラモデル雑誌だが、流し場にある雑誌廃棄棚へと葬った。

そして10時になるのを待って、日課になりつつある喫茶店へと足を運び、吸い溜めなんて出来ない事を知りつつも、体が求めてもいない本数のタバコを吸ってしまう。病気ですね。

そして昼近くになり、客が増えてくると店を出る。

時間だけはたっぷりあるので、いろいろ練り歩きたいと思ってはいるのだが、この暑さにどうしても勝てない。ポッキーのように簡単に心が折れてしまう。

それに抗うだけの理由も目的もないので、すごすごと病院へ戻る。

この昼間が一番キツイ。ついつい働いている方が幸せな気がしてしまう。いや、嘘を言いました。すみません。


病室のベッドに横たわり、寝るか寝ないかの中間くらいの状態でスマホを弄っていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえる。そしてカーテンの隙間からさっきの看護師がひょっこりはん。

友達か。

「この雑誌」と言って、さきほど廃棄棚に捨てた雑誌を僕に見せる。「いらないんですか?もったいないから貰っていいですか?」

捨てたんだから、断りに来なくていいから・・

言葉は発さず、首肯く。

すると、おもむろに雑誌を開いて、「この新作のとこなんですけど」

続くんですか。

終わり