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★萩紀行④:夏みかん

2021-11-24 08:04:46 | 旅行記
 武家屋敷界隈を歩いていると、よく目につく「夏みかんと土塀」は、萩のシンボルと言える。

 現地では、夏橙や夏蜜柑とも呼ぶが、白壁や瓦むき出しのあら土の塀の上から、黄色い夏みかんが、可愛い顔を覗かせている景色は、絵になる。

 しかし、美しい景色と裏腹に、夏みかんは、萩のつらい歴史の象徴でもある。萩は、長い間、長州藩の政治経済の中心地として栄えたが、1863年に、藩主が、山口に移ったため、武士の流出で大打撃を受けた。

 財政再建策として、廃屋同然となった広大な侍屋敷の土地に夏橙を植栽したのが始まりだ。

 船頭さんの説明では、「夏みかんの実は、収穫しなければ、前年の実と今年の実が同じ木になるので、「夏代々」と呼び、「代々続く」縁起物でもあった。

 その後、大阪市場に出荷したところ、「代々」は「よよ」とも読めるので、問題が発生した。

 近畿地方では、中風のことを「よいよい」と呼ぶ人もいて、食べると中風になると嫌われたので、「夏蜜柑」に改名したのだそうだ。"(-""-)"