ここあコテージ

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連れの半生

2012-02-24 20:51:16 | その他
きょうは、連れの誕生日。

しつこいようだけど、誕生日前にとっくに誕生日を祝ったので、
今日は「普通の日」として過ごしました。

あ、でも昨日の報告のように、今朝、お目覚め一発
「誕生日、おめでと」を
心を込めて言いましたよ

連れ、「あ、ああ・・・」だけ。
照れ隠し?ただ眠いだけ?
追及しないでおこう


さて、私のブログなので、私の事はさまざまに書くけれど、
連れのことは、詳しく書かないので、
今日は、連れの半生記とでもいきましょうかねえ。
48歳記念として。(なんのこっちゃ?)


連れは、1964年に、青森に生まれ育った父と、
関西で生まれ育った母のもとに三人姉兄の次男として
この世に生を受けました。弘前生まれの弘前育ち。

連れは、幼い頃に木から落ちて、あばら骨を折ったらしく
現在もその骨のあるべきところが陥没ぎみ。
(え?アダムとエバの「骨からの骨」の話みたい。
ということは、やはり連れのあばら骨は、私か。)

そんなやんちゃな連れは、実は幼稚園に行っていない。
姉と兄はちゃんと通ったのに、何故か行っていない。
父母に何か考えがあったのか?

それで連れは、「集団生活」というものに慣れていなかった
だから、小学校では戸惑ったようです。
おまけに早生まれなので、一層大変でした

大変な小学生時代だから、当然お勉強も遅れてしまい、
中学でようやく人並みに。

高校では、そんな連れもかなりがんばって、
農業系大学では、かなりいい成績をおさめたとか。
やればできるんだ、誰でも

そんな連れが、大学の頃に通ったのが、教会ではなく、
GLAという新興宗教。
そこでは、キリスト教会を批判し、絶対に教会には行かないようにと
禁じられていたそう。

そんな連れが、いつしか教会に足を向けたのはクリスマスのころ。
何せ教会らしくない当時の「黒石福音教会」の会堂だもの。
十字架も見えない建物。

だから、連れは、そこが教会とはほとんど気づかなかったので
すんなり入れました。
(教会らしくない建物だって、立派に役目を果たせるんだよ・・・

それともう一つ。
教会には、美人の?ガイジンさんたちがいた・・・。
連れはガイジンに弱い

そして数ヶ月、教会でベテラン宣教師と聖書を読み進み、
更に数ヶ月後には、イエス・キリストを自分の人生の主として
受け入れて洗礼を受けました

その後、私と連れが出会ったのが1986年頃。
私たちは、結婚して1年後に神学校に行きました。

後先になりましたが、連れは、神学校に行く前まで
農薬を扱う会社で6年間働いていました。
大変良いセールスマンでして、連れが会社に入った時には、
お得意さんを増やしてから、会社を辞めたので、会社側は
「なんでやめるんだ?」と残念がっていました。
でも、最後に良いあかしを立ててやめられて、感謝しましたよ。

ざっと牧師になる前までを書きましたが、いかがでした?

人の道は、不思議ですね。
自分の計画があったとしても、必ずそれが成就するとは限らない。
自分の欠けが必ずしもマイナスとは言えない。

人生では本当に必要な、大切な出会いがある。
連れは、人生の、それも若いうちに、イエス様と出会いました。
イエス様を紹介してくれた友人達とも出会いました。
そして、この私とも出会いました。
(良かったと思ってる?)

48歳の今日まで、イエス様と共に人生を歩いてきた連れは、
これからも同じように主とともに歩いて行くんです。
そして、私も。

そうそう、連れの名前は、偉ーい武将さんと一字違いの名前で
随分友達とか先生にからかわれたそうですけどね・・・。

ここあでした。