ここあコテージ

風景、鳥、畑、クラフト、ハンドメイド「みつより」情報など発信♪

一年間の感謝

2018-12-31 06:35:46 | 日記

今年も今日が最後になりました。

今年は、前年11月から1月に母の世話、
それが終わるとすぐ入れ替わったように、
妹のちょっとした出来事に翻弄され、

母の世話の疲れを癒す暇もなく、
じっと妹の聴き手になっていました。


そんな冬を過ごしたせいか、その後の半年間は疲れが抜けず、
体調を崩してしまい、病院の薬を手放せない日々でした。


騙し騙し身体の不調と付き合い、
ようやく秋に食欲も出て来て、今に至ります。
感謝です!


そんな中でしたが、今年始められたのは、
教会の子供たちのチャペルタイムと、
秋から開始したイングリッシュカフェでした。

イングリッシュカフェの実現は、感謝な事にスムーズに進み、
長年の願い(私個人の)が叶えられた形になりました。



趣味については、天然酵母を起こす事や、
それでパンを焼く事がたくさん出来たと思います。

残念だったのは、好きな縫い物があまり出来なかった事や、
例年に比べて鳥見の回数が少なくなった事、
何と言っても、読書数がかなり減った事です。

今年目標の25冊どころか、20冊にも届きませんでした!
あーあです。(。>﹏<。)

まあ、終わった事をあれこれ悩む事はやめて、
明日から新しい事に目を向けた方がいいですね。


一年間、拙いブログをご覧頂き、
ありがとうございました!

読書さんあっての私のブログです。
まもなく10年目になろうとしています。
(正確には、以前赴任した教会のブログを入れると、
もう12年以上ですが。)

読者登録して下さっている方々は勿論、
コメントを下さったり、メールやFBや
インスタでコメントして下さったり、
こっそり訪問して下さる方々も、
本当にすべての読者さんたちに、心から感謝します!

明日からまた宜しくお願い致します。


皆様にとって、良い一年となりますように
心からお祈りしています!





ここあでした。

頂いた本から②きよしこの夜

2018-12-30 05:56:23 | 音楽

おととい紹介した本の続きです。


「荒野の果てに」よりももっと有名で、クリスマスと言えば
この曲と言われるのが「きよしこの夜」ですよね。





日本語の歌詞から。

きよし この夜 星はひかり
救いのみ子は まぶねの中に
眠りたもう いとやすく

(1節)

(余談ですが、叔父の名前は「清(きよし)」でした。
子供の頃、「きよしこの夜」を歌うと、
叔父が出て来る気がして、なんとなく変な気持ちでした。笑)




英語では「Silent night

Silent night Holy night.
all is calm. all is bright.
round yon virgin Mother and Child.
Holy Infant so tender and mild.
sleep in Heavenly Peace ×2




クリスマスのキャロルは、全体的にとても美しい曲が多いですが、
この「きよしこの夜」は、格別に静かで美しくて、
聖夜にふさわしい曲です。




この曲は、オーストリア・ザルツブルク近くのオーベンドルフにある
聖ニコラス教会で生まれました。


「きよしこの夜」の作詞者は、ヨセフ・モアという副司祭であり、
神父でもある方でした。

1818年のある日、深夜ミサの準備をしていたところ、
教会のパイプオルガンが壊れてしまい、モア神父は思案していました。

その時に浮かんだのが、この「きよしこの夜」でした。

モア神父は、オルガニストのフランツ・クサヴィー・グルーバーに、
オルガン無しでも歌えるシンプルなメロディーの曲を頼みました。

それはギター伴奏による、二人のソリストと
合唱のための曲になりました。

(この地域では川がよく氾濫し洪水でオルガンが
使えなくなったそうです。)





***



「きよしこの夜」にまつわるエピソートと闘い



当時の教会では、ラテン語でミサ(礼拝)を行うのが通常でしたが、
聖ニコラス教会では、オープンな考え方をする司祭が赴任していたため、
モア神父と共に、ドイツ語でミサを行っていました。

それは村民たちの喜びになっていましたが、
カトリック教会上層部はモア神父たちの、
このような行動をよく思わなかったようです。

その結果、上層部は、この教会の司祭を教会から追い出し、
保守的な司祭を赴任させました。

ここから、「きよしこの夜」を巡る争いが始まりました。

モア神父は、オルガニストのグルーバーと共に、
気軽で誰にでも楽しめるミサ曲をと考え、
ドイツ語とラテン語での讃美歌を提唱。
しかし、保守的な新しい司祭は猛反対しました。


それまで味方だった村民たちは、掌を返すように新しい司祭の側に立ち、
ますますモア神父たちは窮地に陥りました。


しかし、クリスマス・ミサ直前にパイプオルガンが故障してしまい、
ミサはモア神父たちの提案で、ギターで伴奏する以外に
方法はありませんでした。

ギターでの伴奏となれば、複雑な曲よりも
シンプルな曲を選ぶしかありません。

こうして「きよしこの夜」は
1818年12月24日に演奏されました。




更に20年後の1838年12月24日、
ドイツのカトリック教会が「きよしこの夜」を掲載した事から、
この曲が公に歌われるようになり、

やがて、アメリカのドイツ語を話す人たちにこの曲が伝わり、
1863年に日曜学校のテキストとして英語でも
歌われるようになったとのことです。



ちなみに、日本語訳をしたのは、由木康牧師です。
鳥取県西伯郡上道村(境港市)に生まれ、中学時代に受洗。
1914年、死の危険に直面したのをきっかけに神学校で学び、
牧師になりました。由木牧師は、生涯に100曲以上の
賛美歌の作詞をしました。




***




「きよしこの夜」のエピソードは聞いた事がある方も多いと思いますが、
闘いや、作詞者のモア神父の生い立ちについては、
(私生児でした。母親は大変な苦労をしたようです。
今回は触れませんでした。)
案外知られていないように思います。

「きよしこの夜」のエピソードを知って歌うと、
新鮮な思いで歌えるのではないでしょうか。





今年も明日が最後ですね。

今日は日曜日、そして礼拝の日。
一年の感謝を献げに行きます。





ここあでした。

「カリポリ君」というお菓子?

2018-12-29 05:41:23 | おいしいもの

本当は、昨日の続きの話をしようと思いましたが、
長文が続くので、小休止ということで、
お菓子?の話題を載せますね。

(続きの話は、明日に。)



数日前、教会に遊びに来ているA君(小5)から、
こんなものをもらいました。



紐で繋がっているホタテ貝のケースに入ったお菓子。
その名も「カリポリ君」です。


開けてみると、ホタテ貝の「ヒモ」。

ああ、洒落で紐でつながれているのかな?

いや、ホタテ貝の養殖の時、確か紐で繋げて
養殖しているのではなかったかな。

そしたら、やはり、養殖の紐との事です。
説明のラベルが付いてありました。

ホタテ貝のヒモの部分を揚げて、
味を付けて加工してあります。




チーズ味、唐辛子味、ガーリック、チキンなど
写真は4個ですが、食べ終えたもう1個を入れると
5個繋がっているお菓子です。


お菓子というか、おつまみ的な感じもします。
「カリポリ君」という名のごとく、食べると確かに
カリポリという音がします。

止められなくなりますよ。
塩分が多そうなので、ほどほどに。笑



製造・販売は、ホタテ貝の産地である平内町のお店。
(青森市から車で20~30分。陸奥湾に面した町。)

青森県民の私ですが、こんな物は初めてです。


私は、ホタテ貝の貝柱は好きですが、
ヒモはあまり好きではありません。

ですが、このお菓子は食べられます。
結構おいしいですよ。



鮮魚店に行けば、貝がら付きのホタテもあれば、
刺身用で貝柱のみの場合もあります。
茹でた貝柱もあります。

ホタテは貝殻が産業廃棄物として捨てられたり、
チョークになったり、畑の肥料になったりしますが、
ヒモはどうなっているんだろう・・・と思っていました。


こうしてお菓子になっていたなんて、
おいしいし、無駄が無く、いいアイディア!


平内の地域にしかないのかな?
全国に、せめて東北の各地にでも販売されればいいのに。



どこかで見かけたら、食べてみてくださいね!


今日は土曜日、そして、新年まであと数日ですね。

ブログはなるべく止まらずに進みますよ。
今年最後まで、よろしくお願いしますね。




ここあでした。

頂いた本から①「荒野の果てに」

2018-12-28 06:03:21 | 音楽

先日、あるプロのシンガーからクリスマスカードとともに、
こんな本が送られてきました。




「5」という事なので、シリーズなんですね。

いろいろな賛美歌の背景や出来事から学ぶ
とても興味深い内容です。

(今まで賛美歌のルーツの本は何冊も読みましたが、
この方の本は歴史的な事のみならず、
音楽的な事にも触れていて良かったです。)


今回は、この中から有名で親しみのある
クリスマスキャロル「荒野の果てに」を紹介したいと思います。


少し長くなります。




***




「荒野の果てに」は、必ずと言っていいほど
クリスマスには歌われています。
教会に行っていない方々にも、「きよしこの夜」「諸人こぞりて」と
並んで知られているクリスマスキャロルですね。


この曲の最後の繰り返しのフレーズが有名ですね。

「グローリア インエクシェルシス デオ」。

意味はわからないけど、そのまま覚えて歌っている、
という方も多いのではないでしょうか。
(かく言う私もそうでしたよ。笑)


Gloria in excelsis Deo」これはラテン語です。

意味は「いと高きところに、栄光が神にあるように」。

クリスマス(キリスト降誕の時)に、
野原で羊の夜番をしていた羊飼いたちに、
天使の軍勢が現れて、キリスト降誕を知らせ、
このフレーズを語ったのです。

(聖書ルカの福音書には「いと高きところに栄光が、神にあるように。
地に平和が(神の)み心にかなう人々にあるように。
」とあります。)


この歌の最後のフレーズが繰り返される奏法を「メリスマ法」と呼び、
長く続く旋律の高低移行の独特な歌い方だそうです。
(メリスマとは古代ギリシャ語で「歌」の意味)

メリスマ法は、睡眠にかかったような陶酔感を
聴き手に与えるものとして利用され、
グレゴリオ聖歌にも用いられたようです。


キリストの時代は、政治的には大ローマ帝国が世界を制覇しており、
イスラエルもローマ帝国の支配下にありました。
文化面では、ギリシャ、ローマの文化が栄えていました。

新約聖書はギリシャ語で書かれました。

一方ラテン語は、行政や裁判などで使われた言葉で、
公文書や裁判目録などはすべてラテン語でした。

ちなみにキリストが処刑されたとき、頭上に掲げられた罪状書きは、
ラテン語、ヘブライ語、ギリシャ語で書かれました。

後世の人々が、クリスマスを、歴史上の事実として覚える為に、
ラテン語を用いたのは、当然の事だったのですね。


この「荒野の果てに」は16世紀のフランスの歌が元になっています。

今歌われている歌詞は、1862年にジェイムズ・チャドウィックが
翻訳したもので、フランス語で歌われ、

原題は「Les Anges dans nos Campagnes
(レ・ザンジュ・ダン・ノ・カンパーニュ)
意味は「我らが牧場(野辺)にて、天使が」。

英語では「Angels We have heard on High
(いと高き所に聞きたり、み使いたちが)。

英語ではエドワード・シッペン・バーンズが編曲した曲が
歌われることが多かったとのことです。


日本語では、ご存じのように、

「荒野の果てに 夕陽は落ちて
妙なる調べ 天(あめ)より響く
グローリア インエクシェルシス デオ」

となっています。(1節)


もうクリスマスは過ぎてしまいましたが、
来年のクリスマスには、是非この背景や音楽的要素を覚えて、
賛美してみてくださいね。


明日は、最も有名な「きよしこの夜」を
取り上げたいと思います。




ここあでした。

リメイクお昼ご飯

2018-12-27 06:13:17 | 料理

昨日は、まずまずの暖かさで、
クリスマスのすべての行事も終わったので、
部屋の掃除、洗濯(2回回し、2回目は毛糸もの)をしたりして
午前を過ごしているうちに、
予定していた換気扇の掃除が出来ませんでした。


お昼は、前の晩(クリスマス)の手巻き寿司の
残りをリメイクしました。



リメイクと言っても、ちらし寿司なので、
大して変わり映えしませんけどね。笑
ゆでたエビ、卵焼き、しそ、肉、貝割れなど。





我が家の今年のクリスマスの夕飯は、
チキンではなくて、手巻き寿司でした。
これは我が家には珍しい事です。
(地元産の鯛の刺身がおいしかった!さすが腐っても鯛!)


この頃の我が家は、刺身やお寿司を解禁したせいか、
お寿司系が続いています。(反動かも?!)

別のお昼には、太巻きとか細巻きとか、
おいなりさんとか食べましたし。(この時は市販のもの)


午後になって、子供のチャペルタイムまでの
時間がポッと空いたので、思い切って換気扇の油汚れを
セスキ水や洗剤を使ってごしごし。
不織布を交換できて、気持ちがスッキリ!

やっぱり気になっていた事を済ませると
気持ちがいいですね。


我が家は、基本「大掃除は春に」と思っているので、
窓ふきなどはしません。寒くて無理、無理(笑)



今日の天気は下り坂。大雪、吹雪の予報です。
今もゴーゴー、ピューピューと風が…。

そんな中、午後と夜に祈り会があります。

高齢者の外出は危険が多くて、大変です。
守られますように祈ります。




ここあでした。