ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

助産師はいま

2006年09月06日 | 出産・育児

コメント:

規模の大きい病院では、いろいろな専門職の人が周産期医療チームの構成メンバーとなっています。産科医、助産師、助産師以外の産科病棟ナース、新生児科医、新生児室・NICUナース、麻酔科医、手術室ナースなど、非常に大勢のスタッフがそれぞれの専門性を発揮して、チーム全員の力を結集して医療を提供しています。産科病棟に勤務する助産師たちは、この大きな周産期医療チームの中で、主に『産科専門ナース』としての機能を果たしています。

分娩室の中で、妊婦を診察するスタッフは産科医と助産師だし、新生児を診察するスタッフは新生児科医とナースです。新生児科医や助産師以外のナースが妊婦の内診をすることはあり得ません。産科医が新生児を診察することもほとんどありません。チームの中で役割分担が決まっていて、自分に割り当てられた役割をしっかり果たすことを求められます。

規模の大きい病院では、助産師が(産科以外の)一般病棟に配属されて助産以外の看護業務に従事している場合もめずらしくありませんし、看護部長や看護師長などの管理職となっている場合も多いです。このように、助産師であっても、病院で助産業務には全くタッチしてない場合も多いです。

それに対して、一般の産科診療所では、産科専門の院長先生お一人と、助産師2~3人、看護師十数人で24時間いつ何があるかわからないお産を多数取り扱っているような場合もあり得ます。医師が一人だけであれば、毎日、昼間は外来や手術で終日忙しく、分娩があれば外来を一時中止して分娩の全例に立ち会わねばなりません。新生児も診なければなりませんし、手術ということになれば麻酔も自分で実施しなければなりません。助産師も2~3人しかいなければ、分娩進行中の妊婦を、助産師だけで24時間介助し続けるのは無理です。分娩室に医師も助産師もいない間は、看護師が妊婦の状況を診て、経過を医師や助産師に報告するという態勢になっているところも少なくないと思います。一人の医師が、連日徹夜をして、分娩室内の産婦の傍らで介助し続けるなんてことは無理だと思います。

日本中に多くの産科診療所があり、それぞれ、院長以下のスタッフ全員の力を結集して、安全なお産のために日夜精一杯頑張って、日本の周産期医療が成り立っています。

現在、日本の分娩の半分は、一般の産科診療所が担っています。病院の産婦人科も現在ギリギリで何とかやっていて、どこも産科医療は崩壊寸前の状況ですから、いきなり産科診療所が全国一斉に営業停止になってしまったら、その分、病院の負担が増え、全国的に非常に困った事態となります。移行期間も置かず、理想の医療体制をいきなり実現しようとしても無理です。現実的な対応を探っていただきたいと思います。

****** 読売新聞、2006年9月5日

助産師はいま

(1) 看護師内診いいの?

法律・・・業務外 現場・・・診療の補助

 助産師資格のない看護師や准看護師が助産行為をしていたとして、横浜市内の堀病院が先月、保健師助産師看護師法(保助看法)違反の疑いで家宅捜索を受けた。神奈川県警の捜査は続いているが、看護師らによる助産行為は、各地の産院で広く行われてきたと出産現場で指摘されている。なぜなのか。背景の問題を探りながら、安全・安心なお産のあり方を考えたい。

 「堀病院だけではありません。うちの産院も同じです」

 電話の向こうの声が震えていた。ある地方都市の産院に勤める助産師。「陣痛が始まってから、出産直前に医師が来るまでには、長い時間があります。その間、お産が正常に進んでいるかどうかをチェックしている白衣姿の人が無資格者だなんて、妊婦さんたちには言えません……」

 胎児の心拍などをチェックする分娩(ぶんべん)監視装置の波形が異常を示しても、気づかない看護師もいるという。「出産事故が起きないか不安です」と話す。

 県警の調べによると、堀病院では、看護師や准看護師が妊婦の産道に手を入れてお産の進み具合を診断する「内診」を行っていた疑いがある。

 助産師や看護師の業務内容を定めた保助看法は「助産」を行えるのは医師と助産師だけと定めている。厚生労働省医政局看護課の岩沢和子さんは「内診は、お産が正常に進んでいるかを判断する『診断』行為なので、看護師の業務の範囲外です。今後、母子に異常が起きる可能性も予測しなければならず、判断を誤れば命に重大な影響を及ぼしかねません」と説明する。

 ところが、日本産婦人科医会は「内診は『助産』ではなく、看護師にもできる『診療の補助』に当たる」と解釈してきた。1950年代まで、お産の多くは自宅で行われ、助産師が担っていた。だが60年代から、お産の場が病院・診療所に移っていくなか、同医会は「産科看護研修学院」という独自の研修機関を各地に設け、看護師や准看護師などに受講させ、「産科看護師」などと呼んで助産師の代わりに内診などをさせてきた。

 市民団体「陣痛促進剤による被害を考える会」(事務局・愛媛県今治市)によると、1984年以降、医師・助産師以外の助産行為があり、母子が死亡したり障害が残ったりしたケースが少なくとも14件ある。無資格の看護師らが異常に気づかなかったことが、重大な結果を招いたとみられる例が目立つという。

 このうち、2003年に大阪市内の産院で長女を出産した女性(31)は出産直前、「白衣の人」に腹部を11回押された。長女は頭がい骨が折れた状態で生まれた。

 後日、母子手帳を見て、分娩を介助した助産師の氏名欄が空欄になっていることを不審に思い、産院に問い合わせた。その結果、「白衣の人」は准看護師だったと知った。

 「お産の介助をしてくれるからには、助産師だとばかり思いこんでいました。妊婦さんは分娩室に入ったら、その場にいるスタッフの資格を確認してください。医師も助産師もいなければ、呼んできてもらうよう頼んだ方がいいですよ」と、女性は注意を呼びかける。

(2006年9月5日  読売新聞)

****** 読売新聞、2006年9月6日

助産師はいま

(2) 診療所を なぜ嫌う

産科看護師との微妙な関係

 看護師や准看護師に「内診」などの助産行為をさせていたとして、神奈川県警が先月、保健師助産師看護師法(保助看法)違反の疑いで、横浜市の堀病院を家宅捜索したことに対し、日本産婦人科医会は反発した。今月1日には厚生労働省で記者会見し、「産科医療を必死に支えている産婦人科医師に打撃を与えた」とする見解を発表した。

 同医会は、診療所が助産師を募集しても、応募が少ない現状があると主張。そうした診療所では看護師に内診を任せるしかなく、禁止すれば、医師の負担が増え、産科医不足に拍車をかけると訴える。

 確かに、1年間に誕生する約110万人の赤ちゃんの半数は診療所(病床数19以下)で生まれるのに、そこで働く助産師は全体の2割以下という偏在が問題になっている。助産師の約7割は病院(同20以上)に集中している。

 ではなぜ、助産師は診療所に勤めたがらないのか。

 「待遇」を指摘する声がある。給与や福利厚生、労働条件は大病院と比べると見劣りしがちだ。人員が少ない分、責任も重くなることを敬遠する傾向もあるようだ。

 だがこうした理由とは別に、同医会の「産科看護研修学院」で研修を受けた「産科看護師」の存在を挙げる助産師は少なくない。

 埼玉県のある助産師は「ベテランの産科看護師に分娩(ぶんべん)介助のやり方を強制されました」と話す。別の助産師は「産科看護師に『あんたより、私の方がよっぽど内診がうまい』と罵倒(ばとう)されました。助産師が尊重されない職場では、働きたいはずがありません」

 同医会は「診療所に助産師が来ないから、産科看護師に内診をさせよ」と主張するが、逆に「産科看護師に長年内診をさせてきたことが、助産師を遠ざける原因となっている」というのだ。

 日赤医療センター(東京)の産科部長、杉本充弘さんは「助産と看護は全く別。この事件を機に産科医は認識を改めるべきです」と指摘する。

 年間約2000件のお産がある同センター分娩室には、35人の助産師が勤務。妊婦につきっきりになれる体制を作っている。「お産は本来自然な営み。女性の産む力を最大限に引き出すことが、安全・安心なお産につながります。それには妊婦に寄り添って励ましながら、異常があればすぐに対処する判断力も必要。それができるのは、専門の勉強をしてきた助産師だけです」

 診療所と助産師を結びつける取り組みも始まっている。国は昨年度、5都府県の看護協会に委託して、助産師の診療所への就職を支援するモデル事業を行った。

 出産を機に昨年、勤めていた病院を退職した東京都東久留米市の助産師伊藤孝子さん(39)は、都看護協会のあっせんで、同清瀬市の武田産婦人科で今年5月からパート勤務を始めた。「子どもが小さいので、家から近い産院を探していました。いい職場に巡り合えてうれしい」と張り切っている。

(2006年9月6日  読売新聞)