ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

大野病院事件 弁護側の最終弁論

2008年05月17日 | 大野病院事件

コメント(私見):

今回の裁判において、『本事例で癒着胎盤を事前に予測することは非常に困難であったこと』、『被告医師の実施した医療行為は現在の我が国の臨床医学の標準治療に即したものであったこと』などが、この分野における我が国のトップクラスの専門家達の証言によって理路整然と立証されました。

判決がどうなるのか私には全くわかりませんが、今回の裁判のように現代医学の最高権威を総動員して、反論の余地が全くないほど完璧に立証してもなお、実際の医療裁判では有罪の判決になってしまうような世の中であれば、今後、一般の臨床医は医療現場でリスクを伴う治療を一切何も実施できなくなってしまいます。

(以下、5月17日付読売新聞記事より引用)

本件起訴が、産科だけでなく、わが国の医療界全体に大きな衝撃を与えたことは公知の事実である。産科医は減少し、病院の産科の診療科目の閉鎖、産科診療所の閉鎖は後を絶たず、産む場所を失った妊婦については、お産難民という言葉さえ生まれている実態がある。このような事態が生じたのは、わが国の臨床医学の医療水準に反する注意義務を医師である被告人に課したからにほかならない。産婦人科関係の教科書には、検察官の指摘するような胎盤剥離開始後に剥離を中止して子宮を摘出するという記述はない。また、本件で証拠となったすべての癒着胎盤の症例で、手で胎盤剥離を始めた場合には、胎盤剥離を完了していることが立証されている。本件患者が亡くなったことは重い事実ではあるが、被告人は、わが国の臨床医学の実践における医療水準に即して、可能な限りの医療を尽くしたのであるから、被告人を無罪とすることが法的正義にかなうというべきである。

(引用おわり)

****** 読売新聞、福島、2008年5月17日

被告の処置「標準的医療」

帝王切開死最終弁論

 1年4か月に及ぶ公判は、最初から最後まで、検察側と弁護側の全面対決で審理を終えた。16日に福島地裁で結審した、大熊町の県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性(当時29歳)が死亡した事件の公判。業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医加藤克彦被告(40)の弁護側は最終弁論で、「起訴は誤り」などと5時間半にわたって無罪主張を展開。加藤被告の処置が「臨床における標準的な医療」と強調した。医療現場に衝撃を与えた事件の判決は8月20日に言い渡される。

 弁護団の席には、8人の弁護人が並び、時に語気を強めながら交代で153ページの弁論を読み上げた。3月に禁固1年、罰金10万円を求刑した検察側の論告後、「逐一反論する」としていた通りにした。

 女性は、出産後に子宮の収縮に伴って通常は自然にはがれる胎盤の一部が、子宮と癒着する特殊な疾患。加藤被告が手やクーパーと呼ばれる手術用ハサミを使って胎盤をはがした後、女性は大量出血で死亡した。検察側は「大量出血を回避するため、子宮摘出に移る義務があった」と主張し、処置の当否が最大の争点になっている。

 弁護側は最終弁論で、周産期医療の専門家2人の証言や医学書などを根拠に「胎盤のはく離を始めて途中で子宮の摘出に移った例は1例もない」と強調。「加藤被告の判断は臨床の医療水準にかなうもの。検察官の設定する注意義務は机上の空論」と批判した。

 手術中の出血量も争いになっている。胎盤のはく離が終了してから約5分後の総出血量について、検察側は「5000ミリ・リットルを超えていることは明らか」として、はく離との因果関係を指摘するが、弁護側は「そのような証拠はどこにもない」とし、大量出血の要因も手術中に別の疾患を発症した可能性を示唆した。

 弁護側は医師法違反罪でも「届け出をしなかったのは院長の判断」と主張。総括では「専門的な医療の施術の当否を問題にする裁判で、起訴に当たって専門家の意見を聞いておらず、医師の専門性を軽視している」と非難した。

 これまでの公判と同じようにグレーのスーツ姿の加藤被告は公判の最後に3分間、用意してきた紙を読み上げ、現在の心境を述べた。

 主任弁護人の平岩敬一弁護士は公判後、「検察側は予見可能性、結果回避義務などの立証に失敗した」と述べた。一方、福島地検の村上満男次席検事は「一般の感覚から法律という最低ラインを逸脱しているかどうかが問題。証拠に照らして裁判所の公正な判断を希望する」とコメントした。

(以下略)

(読売新聞、福島、2008年5月17日)