現行の周産期医療の患者搬送システムは、主に胎児疾患や新生児疾患への対応を主軸にして構築されています。母体の偶発合併症の場合は、それぞれの状況に応じて、救命救急医、脳神経外科医、循環器内科医、心臓血管外科医、整形外科医などの一般の救急医療にかかわる専門医達と周産期医療にかかわる専門医達とが一緒に対応しなければならないので、周産期医療の患者搬送システムと救急医療の患者搬送システムの連携も必要となります。
都会の場合、搬送先として多くの選択肢がある中で、受け入れ可能な施設をスムーズに探し出す仕組みを整備する必要があります。
地方の場合は事情が大きく異なります。例えば長野県の場合、胎児疾患、新生児疾患を受け入れる3次施設は県立こども病院、母体合併疾患を受け入れる3次施設は信州大付属病院とそれぞれ1施設つづです。県内各地の周産期医療の2次施設も、各医療圏ごとにほぼ1施設づつしかありません。他に選択肢が全くないため緊急時の搬送先病院は自動的に1施設に絞られます。救急患者の受け入れが断られることは最初から全く想定してないため、搬送先の病院を探し出す作業で苦労する事態はほとんど起こりません。
周産期医療の現場では、個人プレーでできることには大きな限界があり、緊急時には大きな専門医チームで対応する必要があります。従って、地域の中核病院には多くの専門医を24時間体制で配置する必要があります。しかし、地方の公的病院でいくら医師確保の努力をしても、必要な常勤医師数をすべて自前の医師確保策だけでまかない続けるのは非常に困難です。医師確保が一時的にうまくいっているように見える病院でも、突然の離職者が2~3人出現すれば、一気に奈落の底に突き落とされる事態となってしまいます。
専門医にも多くの種類があり、周産期医療に直接かかわる専門医制度としては、産婦人科専門医、周産期(母体・胎児)専門医、小児科専門医、周産期(新生児)専門医、麻酔科認定医、麻酔科専門医、麻酔科指導医などがあります。1人の専門医の養成には非常に長い時間を要します。例えば、産婦人科専門医を取得するには医学部卒業後2年間の初期研修、3年間の後期研修を修了して産婦人科専門医試験に合格する必要があります。周産期(母体・胎児)専門医の取得には、産婦人科専門医資格の取得後にさらに周産期(母体・胎児)基幹研修施設で3年間研修して、周産期(母体・胎児)専門医試験に合格する必要があります。養成される各専門医の数には限りがあり、施設の維持に必要な専門医数が不足して困り果てても、専門医はすぐにはどこからも湧いて出てきません。各施設で必要な専門医数の充足を成り行きに任せていたんでは、地域の周産期医療提供体制がいつ破綻するのか全くわかりません。
『将来的に必要とされる各科の専門医をいかにして養成していくのか?』『養成された各科の専門医をいかにバランスよく各地域の中核施設に配置していくのか?』などの国家レベルの課題については、各施設や各自治体の個別の自助努力だけでは解決できません。現状では、各自治体が地域エゴ丸出しで少ない医師を奪い合っていて、地域に必要とされる各科の専門医をバランスよく集められるかどうかは全くの運次第という状況です。国の取り組みとして、長期的展望に基づいて各科の専門医の養成数を決定し、養成された専門医を適正に配置するシステムを導入する必要があると考えます。
****** 毎日新聞、2009年8月14日
総合周産期センター:「母体救命」要件に 整備指針改正
東京都内で08年に起きた妊婦死亡問題を受け、厚生労働省は周産期母子医療センターの整備指針の改正案をまとめた。96年の策定以来初の全面改正で、高度医療を担う総合センターの指定要件に、脳出血など産科以外の母体の救急疾患に対応する機能を追加する。一方、総合センターに準じる地域センターは要件を緩和し、参加医療機関数の増加を図る。受け入れ実績などの公表を求める規定も盛り込んでおり、14日に都道府県に案を示し、9月にも運用を開始する方針。 【清水健二】
周産期母子医療センターは全国に300施設以上あり、リスクの高い分娩などを受け持っている。しかし脳疾患や心疾患など産科以外の急病になった母体の救命に十分対応できないと指摘され、厚労省が専門家の意見などを基に、整備指針の見直しを検討していた。
改正案では総合センターの役割に、危険の大きい妊娠に対する医療や高度な新生児医療と並んで「産科合併症以外の母体救急疾患への対応」を追加。救命救急センターの併設か、脳神経外科や心臓血管外科などを持つ医療機関との連携を義務付ける。確保に努める職員として、麻酔科医や臨床心理士、長期入院児の在宅療養などへの移行を円滑に進める「支援コーディネーター」を新たに挙げた。
一方、地域センターは、なるべく多くの医療機関の参加を促すために指定要件を緩和する。産科を備えていなくても、NICU(新生児集中治療室)を持つ小児科病院なら指定可能とし、ベッド数に応じて下限が決まっていた看護師数も「必要な適当数」と改めた。
3月に厚労省の有識者懇談会がまとめた報告書では、総合、地域の2分類を3~4分類にすることも提案されたが、指定要件を改めることで見送った。有識者懇が提案した「NICUの1.5倍増」は、そのまま整備目標に掲げられた。
また、各都道府県に対し、10年度までに必要な周産期センター数や診療機能、医療従事者数などを明記した整備計画の策定を要求。各センターの対応可能な母体・胎児の条件や、受け入れ実績、死亡率などを住民に公表するよう求めた。
(以下略)
(毎日新聞、2009年8月14日)